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・地獄から出前に来ました

 夜の10時。老人ホーム『天国の門』。大阪の漫才師のような頭の下品な女、ミザリーこと神保千穂が出てくる。
「オホホホッ! 今日も臭くて汚い老人どもを、影でいびって楽しかったわッ!」
 勝ち誇ったように笑うミザリー。今日は残業で少し遅くなってしまった。もちろん、そのぶん老人たちをよけいに虐待した。当然である。プラスマイナスはゼロにしなくては。これは税金のようなものだ。あの世にはなにも持っていけないのだから、すべてを支払ってから死んでもらいたい。ここは老人ホームだからな。
 梅ヶ丘にあるマンションに向かってしばらく歩く。東松原の暗い夜道。このへんは住宅地なので街灯が少なくて暗い。昼間でもひとけの少ない場所だ。
 やがて、羽根木公園の横に出た。おぞましい悪魔的な公園である。世田谷区のこのへんでは一番大きい。昼間から夕方にかけては、犬の散歩やジョキングをする人々で賑わう。
 だが、夜中となると、中央にあるグラウンドのまわりなどは、まだひとけがあるが、無駄に広いので、外れの方にあるいくつかの広場などはまったくの無人の荒野となる。運の悪い通行人が気が狂った殺人鬼に襲われ、手足を一晩かけてゆっくり切断されても、誰も気がつかないに違いない。
 あきらかにあまり神経などというものが身体の中に走っていないミザリーではあるが、さすがの、この女傑でもちょっと不安を感じた。
 その嫌な予感は当たった。
「地獄ラーメンッ!」
 行く手をふさいで素っ頓狂なことを叫んでいる男がいる。2m近い大男。手にはラーメン屋の出前の岡持ちをを持っている。ミザリーは手の中のiPhoneを握りしめた。
「おや? 誰かと思ったら『ラーメン珍長』のオヤジじゃない。こんなとこでなにしてんの」
 相手の正体がわかったので少しは安心をしたが、ミザリーは警戒を緩めなかった。このおっさん、前から目つきが尋常じゃないと思っていた……。
「地獄からラーメンの出前に来ましたッ!」
 男は岡持ちの蓋を開けた。
「出前などは頼んでいませんッ!」
 ミザリーは嫌な気分になった。この男……、狂ってるわ!
 だが、男は岡持ちの中から意外なものを出した。
「リボン! 趣味の悪いムラサキ色の大きなリボンッ!」
 珍保長太郎はこれで一件落着と言わんばかりのどうどうとした態度で、リボンを振りかざした。「しかも、ウンコがちょっとついているッ! 臭いッ!」
 ハッとした顔をするミザリー。
「そ……それは、しばらく前に老人ホームでなくなった愛用のリボン……。ボケ老人の一人が盗んだと思っていたが、お前が持って行ったのか! あなたは気持ちの悪いフェティシュな人だったの?」
 すっとぼけるミザリーの顔面に、ぐりぐりとウンコのついたリボンを押し付ける珍保長太郎。確かに少しウンコ臭かった。リボンも珍保長太郎も。
「これがウンコキラーの殺人現場に落ちていたのだッ! さあ、いさぎよく自白して、肩の荷を下ろしたらどうだね、ミザリー?」
口から泡を吹いて絶叫する珍保長太郎。夜道で熊に出会ったようなものだ。
「な……なんの話? 」
 ミザリーはミザリーって誰だ、と思ったが、それどころではないので、あとに置いておくことにした。
「お前が犯人だッ! お前が犯人だッ!」
 珍保長太郎の緻密な計画では、犯行現場に落ちていたというリボンを見て、もはや、逃れられないと思ったミザリーは、すべてをあきらめて、とうとうと犯行を自供するはずだった。そのためにこっそりと胸ポケットにICレコーダーを入れて、話を録音していた。
 だが、どうもそのような都合の良い展開にはならないので、珍保長太郎はちょっと焦ってきた。激怒した珍保長太郎は、リボンの両端を手で持って、ミザリーの首を締めようとした。首を絞めてどうにかなるのか? という冷静な判断など、もはや、この男の頭には無理だった……。
「ひいいいいっ!キチガイッ!お巡りさん!お巡りさん!」
 タラバガニのように泡を吹き出したラーメン屋を見て、ミザリーは急いでiPhoneで110番に電話をしようとした。それとも黄色い救急車のほうがいいだろうか。
 ガスッ!
 なにかが宙を舞った。
 ボトッ! 
 ミザリーの右手がiPhoneごと、地面に落ちた。男を見ると、いつの間にか出していた、切れ味の良さそうなサバイバルナイフを手旗信号のように振り回していた。自分の切り株のようになった手首を見るミザリー。
「ぎゃああああああああああああああッ!」
 絶叫する。キチガイじみた男だとは思っていたが、そのままキチガイだったのである。意外でもなんでもない。
「チンポコが勃起してきたッ! やばいッ! このままでは射精してしまうッ!」
 珍保長太郎は変態のようなことを口走った。キチガイの上に変質者だったのである。ヘレン・ケラー並みだ。
 それから一応、確認のために股間のふくらみを指で指してミザリーに見せた。
 ミザリーはそれどころではなかったので、とくにコメントはなかった。ミザリーは道端のミミズのようにのたうちまわって苦しむのに忙しかった。
 珍保長太郎はミザリーの襟首をつかまえて、口におしっこ臭い手ぬぐいで猿轡をした。それから、茂みの中に隠れ、深夜になるのを待ってから、人目につかないように店までひきずって行った。


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