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・人間の心

 ラーメン珍長。
 開店前にキャリーこと小杉浩子が、珍保長太郎を訪ねてきた。キャリーは腐敗した豚の脂と血でべとべとになった店内を見て顔をしかめた。
「汚い……」
 キャリーは潔癖性だった。
「確かに関東一清潔だとは言いがたいことは確かだ」
 珍保長太郎は力強く答えた。
 「いつも出前だったので店に来たのは初めてですが、これは好きになれそうにありません」
「うーむ」
 答えようがないので珍保長太郎はうなった。
 キャリーの証言でウンコキラーの正体は死にかけ老人こと大山田統一郎だとわかった。珍保長太郎の疑いは晴れた。だが、こんどは大山田老の目玉にウンコを突き刺して殺したのは誰か? ということが問題になった。
 キャリーはこの部分は気絶して見ていなかった、と警察には証言していた。
 刑事青赤は、北沢警察署をゆうゆうと出て行く珍保長太郎を悔しそうに睨みつけた。
 ミザリーこと神保千穂の死体が出てくると、話はまた違ってきそうだが、現時点では神保千穂は、ウンコキラーがらみの消息不明案件とされていた。おそらく、死体はいまごろ玉川上水のアカミミガメと鯉の胃の中であろう。
「命を助けてくれてありがとうございます。あなたに言われた通りに警察には話しましたがこれで良かったかしら?」
「たいへんにけっこうです。なにしろ、私は警察とは相性がよくありませんからね。疑われてきびしく追求をされるといくらでもボロが出てくるこの身。本当なら15回くらいは死刑になってもおかしくはありません。猫ではないのでそれでは死んでしまいます」
「それにしてもラーメン屋が殺人鬼だなんて……。にわかには信じられません」
 キャリーは困惑した顔で店長を見た。
「人間の心というものは奥が深いものです」
 わかったようなわからないことをつぶやく珍保長太郎。おそらく、とくに意味は考えないで言ってると思われる。
「ああ〜」
 よだれをだらだらと垂れ流しながら、バカがうつろな目で奇声をあげる。公園で女装していた男だ。服装を見るとここの店員のようだが目つきがおかしい。キャリーはおびえてあとずさった。
「彼はどうしたんですか?」
「これは店員のバカです。心労が重なり、とうとう人格が崩壊してしまったのです。変な声をあげて店内をうろうろするだけなので、毎回、帰すのですが、それでも毎朝、出勤してくるのです。おそらく、心の中ではなにかがループしているのでしょう」
 珍保長太郎は神妙に答えた。
「ウンコキラーにウンコで刺されてしまった女装の人ですね。そのショックで立ち直れなくなってしまったんでしょうか? そういう意味ではこの方もウンコキラーの犠牲者の一人ですね……」
 キャリーは介護士なのでかわいそうな人間には同情的だ。
「もちろん、そうですッ! その通りですッ! かわいそうなバカくんッ!」
 珍保長太郎の答えは性急すぎて、かつ強調が多すぎた。
 キャリーはしばらくの間、疑いの目で珍保長太郎を見ていたが、けっきょく、なにも言わないことにした。
「ほげほげ〜」
 バカは冥府をさまよっていた。

 キャリーは帰っていった。いちおう、お礼のつもりでラーメンでも食うつもりだったが、店内を見て食欲をなくしたのでやめた。二度とここに出前を頼むのはやめようと、心に誓った。
 
 代田橋商店街の道路を去っていく若い介護士を見送る珍保長太郎。ほこりっぽい風が吹いて、彼女のスカートの裾がひるがえった。夏の空気に秋の気配が感じられた。
「今日もいい天気だ」
 珍保長太郎は蛇のように笑って店内に引き返した。それからバカを追い出して、開店の準備を始めた。



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・フィッシング

 日が暮れた。
「うがあ……」
 バカは無気力になっていた。脳みその一部を摘出したロボトミー患者のように、うつろな存在になった。心が壊れてしまったのである。
 珍保長太郎は、そのバカの服を脱がせて、素っ裸にした。ホモっ気はないので少しも興奮はしない。
 それから、業務用自転車『チンポコ号』で環状七号線沿いのドン・キホーテに行って、適当なセクシーランジェリーと化粧品を買ってきた。バカにそれを着せて化粧をした。
 バカは人形のようなうつろな目で珍保長太郎のやることを見つめていた。からっぽの世界だ。少しも抵抗するそぶりは見せない。今なら、さりげなく腹の肉を引き裂いで、ぬるぬるした内臓を引きずり出しても、だまってやられていることだろう。
 それもちょっと試してみたかったが、初志貫徹。余計な娯楽はやらないことにした。
「いいかバカ。お前は餌だッ!」
 夜がふけてから、珍保長太郎はバカを羽根木公園に連れ出した。なるべく、ひとけのなさそうな場所を探して、手首を縛って地面に座らせた。
「動いたら殺す。お前はウンコキラーに女と間違われて襲われて、むざんにもウンコを食わされて死ぬのだ。死んだのを見計らってから、俺がウンコキラーを市民逮捕する。めでたし、めでたし」
「うぐう……」
 バカは死んだような目でうなった。もう半分死んでいるのも同じことである。デッドマンウォーキングである。
 もし、ウンコキラーが現れなかったら、自分の手で殺してウンコキラーの犯行に見せかけるのもいいな、と珍保長太郎は思った。
「楽しみ楽しみ」
「むがあ」
 なぜかニヤニヤと笑いだした店長を見て、バカは機械的にうなった。心の中には何もない。

 近くの茂みに隠れて、珍保長太郎は半裸のバカの様子を見ていた。露出狂の女というよりは、やはり、ただの女装した変態にしか見えんな……。この作戦、ちょっとばかりアラがあったかもしれん。
 珍保長太郎は眉間にしわを寄せた。生きることのつらさを感じた。そのうえ、極度の便秘状態で、お腹がまた痛くなってきた。ふんだりけったりである。
 この調子だと、便秘で死ぬかもしれない……、などを考えていたら、茂みの後ろの方から悲鳴が聞こえた。

・アメリカン・クラッカー

「きゃあああああああああああああああああっ」
 見ると死にかけ老人こと大山田統一郎が、キャリーこと小杉浩子に襲いかかっていた。
「大山田さんッ! なにをするんですかッ! 警察を呼びますよッ!」
 キャリーが大声を上げる。
「うほほほーいッ!」
 年寄りのくせに身軽な死にかけ老人。猿のように左右に軽快にジャンプをしている。いつもの緩慢な動きからは、信じられない速さだ。

 珍保長太郎はウンコキラーが誰なのか、今わかった。こいつ、ボケ老人のふりをしていたのかッ!

「だめです。やめてください。暑くて眠れないから公園に連れて行け、というから来たのに」
「がうがうがう」
 死にかけ老人は、キャリーのまわりをぐるぐる回りながら、ときどき噛みついていた。発情して興奮しているらしい。
 最初はただのボケたお年寄りの変な行動と思っていたキャリーだが、その噛む力が、だんだんと情け容赦なくなり、飛びかかられるたびに小さな肉片を食いちぎられるようになると、恐ろしさが噴き出してきた。大山田は異常だった。
「キキーッ! キキーッ!」
 歓喜の声を上げながら、口元から血を滴らせている死にかけ老人。
「痛い痛いッ!」
 キャリーは絶叫する。老人の歯が骨まで達したのである。
「カプッカプッ! チューッチューッ!」
 なんと、死にかけ老人は、キャリーの身体中にできた細かい傷口に噛み付いては、血をすすっていた。吸血鬼というよりは吸血コウモリに近い。
 恍惚をした目つき。恍惚老人の恍惚とは違う、ギラギラした、いやらしい目の色をしていた。
 ドサッ!
 貧血と心労から気を失いかけて、キャリーは倒れた。その顔面にむけて小さなお尻を突き出す死にかけ老人。
 ペロンッ!
 パジャマのズボンを下げて不潔な臀部を出した。
「汚くて臭いケツ!」
 老人は自己申告した。まさにその通りで、トイレのあとで紙でちゃんと吹いていないらしく、肛門のまわりにウンコが付着していた。
「ウウ〜ンッ!」
 モリモリモリッ! とウンコを出し始める死にかけ老人。汚い。アナルをウンコが通る快感でイキそうな顔をしている。おそらく、高齢でチンポコが生殖器としての機能を果たさなくなった代わりに、肛門とウンコがその代用品となって、ゆがんだ変態的な発達をとげたのではないか?

「ヤリのようにまっすぐで硬いウンコが出てきた……。これか……これがウンコキラーの武器か」
 茂みの陰で珍保長太郎は驚いていた。

「硬くてカチンカチンッ! フル勃起ッ!」
 ウンコでできたヤリを振りかざして、自慢げに歓喜の雄叫びをあげる狂った老人。
「大山田さん……。それは勃起とは言いません。便秘のウンコです」
 こんな時だったが、気になったのでキャリーは相手の間違いを正した。もちろん、常軌を逸した老人の耳には届かなかった。
「これでセックスする……」
「ゲッ!」
 老人があまりにも最悪なことを言いだしたので、キャリーは思わず驚きの声を上げた。
「ウンコセックスッ!」
 ジャングルにいる野獣の咆哮を思わせるような老人の大声に、キャリーはびくっとした。この小柄な老人の身体のどこから、こんな大音量が出てくるのか……。不用品回収車のホーン型スピーカーのようだった。
 ブンッ!
 死にかけ老人は元気良くヤリのように尖ったウンコを、キャリーの股間めがけて突き出した。
「こりゃいかんッ!」
 珍保長太郎はいそいでスケスケ下着を身につけているバカを持ち上げて、死にかけ老人のウンコのヤリの前に放り投げた。
 グサリッ!
「ぐはああああああああああああッ!」
 あまりの痛さに冥府をさまよっていたバカの魂が地上に戻った。バカが目を開けると先の尖った鋭利なウンコが自分の腹に突き刺さっているのが見えた。
「なんじゃこりゃーッ! 硬くて臭いッ! 硬くて臭いッ!」
 バカが驚くのも無理はない話である。イエローストーン国立公園の間欠泉のように、腹から血が吹き出した。 
 ドバドバドバドバドバドバドバドバドバドバドバドバッ!
「ちいっ」
 死にかけ老人は悔しそうに舌打ちをすると、半裸の女装男を人間の盾として、放り投げてきた怪力男を見た。
「お前は確か、代田橋の不味いラーメン屋の……」
「どうやら、頭は少しもボケていないようだな」
 珍保長太郎は隠れていた茂みを出て、死にかけ老人の前に出た。
「グフフフフッ。無力なボケ老人を殺人鬼などと思う奴はいないからな。ちょうどよい隠れ蓑になったよ」
 死にかけ老人の小さな目が光った。しなびた猿の干物のような風体だが、目の光はその下にある高度で邪悪な知性の存在を示していた。
「犯行の現場に凶悪な介護士のリボンを置いてくるのは良い手だったな。あの女はいかにも変態性欲による連続殺人を起こしてもおかしくないタイプだ。あやうく、騙されてしまったよ」
「気がついてくれて、うれしいよ。あれはちょっとした冗談だったのだが……。何件も連続殺人を犯していると、遊びを入れたくなってくるのだ」
 ニヤリと笑う死にかけ老人。二人の殺人鬼の目が合った。同じ人殺しなので、珍保長太郎は死にかけ老人の心の中が手に取るようにわかった。
「だが、その殺人も今日が最後だ」
「な……なにッ!?」
「次はお前が被害者になる番だッ!」
 珍保長太郎はニヤニヤ笑いながら、かわいそうな老人に飛びかかった。相手はシリアルキラーとはいえ、80を越えた小柄なお年寄りである。一方、珍保長太郎は運動不足気味だが2mに近い怪力の持ち主。楽勝である。
 珍保長太郎は、せっかくだから時間をかけてゆっくりと殺してやろうと思った。あえて即死はさせず、生きたまま手足を一本ずつ抜いていくのはどうだろうか。ところが……。
「痛てててててッ!」
 悲鳴をあげたのは珍保長太郎の方だった。死にかけ老人はチンパンジーのようにジャンプすると一瞬で珍保長太郎の視界から消えた。オロオロしていると背後に現れて、珍保長太郎の腕を取ってひねり上げた。ねじる。
 カルシウム不足の珍保長太郎の腕の関節が、ミシミシと嫌な音を立てる。捕まえようとすると、またすばやく消えた。
 ヒュン!ヒュン!
「猿のようにすばやいッ! これではまったく捕まえられんッ! くそっ、捕まえることさえできたら、こっちのものなのだが……」
 珍保長太郎は怪力には自信があった。その油断が命取りになった。
 ガシッ!
「えッ?」
 逆に死にかけ老人の方から珍保長太郎に組み合ってきた。首相撲。レスリングでいうロックアップの体勢である。死にかけ老人の手が、珍保長太郎の腰を掴む。
「見た目と違ってものすごく力が強いッ?」
 ふんわりと死にかけ老人は珍保長太郎の巨体を持ち上げた。次の瞬間、いとも簡単に硬い地面に叩きつけた。
 ゴロンゴロンゴロンッ!
 2m近い大男が面白いように何度も投げられては転がっていく。
「グフフフッ。こう見えてもわしは若い頃はグレコローマンの国体選手だったのだ」
「くっ、くそっ!」
 ただの脳みそがない大男なだけの珍保長太郎は、プロの技術の前には手も足も出なかった。
 ゴロン! コロコロ!
 立っては投げられ、立って投げられ。しまいには立つのがいやになって座っていたら、その体勢のまま腰のベルトを掴まれてゴボウ抜きに投げられた。こんな投げ方ができる人間は、ロシアのカレリンくらいしかいない。
 ガッ! ドカッ! バキッ!
 珍保長太郎は何度も顔面や後頭部を硬い地面や樹木に打ち付けられた。そのうちに、どこかの変な神経が切れたようで、あまり目が見えなくなってきた。涙で見えなくなったのかもしれない……。
「痛い痛い……。悲しい悲しい……」
 うおおおおおおおおおおん。うおおおおおおおおおおおおん。
 死にかけた珍保長太郎は男泣きに泣いた。本当に痛かったのである。
「フィニッシュ!」
 まったく死にかけてない死にかけ老人は、今やあまり動かなくなった珍保長太郎を裏返して、犬のように屈辱的な四つん這いにさせた。それから、ズボンとブリーフを下げて肛門をむき出しにした。
 げげーッ! こいつ、ホモの気もあったのかーッ!
 珍保長太郎は絶望的な気分で考えたが、もはや、あらがう力は残っていなかった。あとはおとなしく肛門を犯されウンコを食わされて死ぬのみ……。
「ウンコセックス!」
 死にかけ老人は、そばで倒れていたバカの身体に突き刺さっていたヤリのような硬いウンコを引き抜いた。抜くときにバカが痙攣したので、まだ死んではいないようだ。
 硬いヤリのようなウンコを構える死にかけ老人。それから、一気に珍保長太郎の肛門にそれを突き立てた。
 ズブッ! ズブッ! ズブッ! ズブッ!
 いやな音を立てて、ウンコが肛門にめり込んでいく。裂けて血が出た。ちょうど良い潤滑液だ。
「ぎゃあああああああああああああああッ」
 とうぜんながら悲鳴をあげる珍保長太郎。初めてだから仕方がない。
「グフフフフッ」
「痛い痛いッ! お尻の穴が裂けちゃうッ! これ以上……もう、やめてください。お願いです」
 苦しみのあまり、人間の尊厳を捨てて、泣いて哀願する珍保長太郎。ここまでプライドを失ってしまったら、もう人間には戻れない。
「実のところ、もうすっかり肛門は裂けておるぞッ!」
 冷静に事実を告げる死にかけ老人。今までは肛門は後ろ側なので目に見えないことが幸いしていたが、老人に言われて、自分の肛門が裂けている姿が写真のようにクッキリと珍保長太郎の脳裏に浮かんでしまった。その瞬間、苦痛が100倍にも増したことは間違いない。
「あひ〜ん! あひ〜ん! 痛いですぅ痛いですぅ」
 珍保長太郎のような大男には、このように一方的にやられることは、人生においてかつてない体験だった。おかげであっさり心が折れてしまったらしい。人目をはばからず、しくしくと泣いている。

 一方、出血で気が遠くなっていたバカは、店長の泣き声で目を覚ましていた。バカが目にした光景は衝撃的なものだった。
「店長って本性はこんななさけない男だったのか……」
 犬のように犯されてる店長を見て、バカは心の底から軽蔑した。「ウジムシ。ウジムシ。女が腐ったようなウジムシめ……」

 グリグリッ! ギューッ!ギューッ!
「くそ。なかなか奥まで入らないわい。この男、便秘なのだろうか。」
 死にかけ老人は、情け容赦なく硬いウンコを肛門に押し込んだ。高齢とはいえ、国体レベルの鍛え抜かれたレスラーの怪力である。
 ムリムリムリムリッ!
 いやな音を立ててウンコが肛門に奥に入って行く。
「痛いッ! 痛いッ! グガボボボボボボッ!」
 もう声にならない声をあげるしかない珍保長太郎。
 今、どういう状況かというと、何週間もたまって岩のように硬くなっている珍保長太郎のウンコが、外から入ってくる死にかけ老人のウンコを阻止しているところである。だが、珍保長太郎のウンコのがんばりもかいなく、肛門から入って来た死にかけ老人のウンコは、どんどん先住のウンコを上の方に突き上げていた。腸から胃袋、食道のほうにまで、先住のウンコは押し出されていった。
 痛いどころではない。これには人類がかつて経験したことがないような苦痛と同時に不快感がともなっていた。
「ギャーッ! あたしのお腹の中をウンコがッ! ギャーッ! あたしのお腹の中をウンコがッ!」
 なんで急に女言葉になるのかがわからないが、珍保長太郎は悲鳴を上げ続けた。肛門を犯されているのだから、目覚めても仕方がないかもしれない。
「そうれッ! 1、2、ウンコッ! そうれッ! 1、2、ウンコッ!」
 掛け声をかけて元気にウンコを押し込む死にかけ老人。たいへんに張り切っている。この老人にとっては、これが人生の生きがいなのだろう。
「グボホコッ! グボホコッ!」
 とうとうウンコの先っぽが珍保長太郎の口から出てきた。
「自分のウンコが口から出てきたーッ! 自分のウンコが口から出てきたーッ!」
 珍保長太郎は、もうどうしたら良いかわからず、現状そのままのことを叫ぶしかなかった。
「そうれッ! ウンコで串刺しッ! そうれッ! ウンコで串刺しッ! あまり見たことがないウンコ焼き鳥じゃーっ!」
 死にかけ老人が叫ぶ。ウンコ焼き鳥という表現はいろいろ間違ってる気がするが、珍保長太郎はそれを気にする段階はとっくに過ぎていた。人間の限界を越えて数キロ先まで行ってしまった。こんな体験はけっしてしたくないものである。
 ゴポポポポポッ! ゴポポポポポッ! ゴポポポポポッ!
 ウンコと血とゲロが混ざったものが、とうとう口から出てきた。その衝撃と屈辱で、痙攣を繰り返す珍保長太郎。
 ピク……ピク……ピク……。
「こいつ……もうすぐ死ぬな」
 死にかけ老人は勝利を確信した。その時である。
「自分のウンコ引っこ抜きッ!」
 珍保長太郎は、いまだかつて人類が口にしたことはないであろう言葉を発した。その姿はまるで神のように神々しく光を放っているように見えた。おそらくそれは気分的にそんな風に見えた、というだけの幻想であろう。
 ネオンサインのようにビカビカと光を放ちながら、珍保長太郎は絶叫した。
「ウンコッコ!」
 それから、恐ろしいことが起きた。おお……、神よ。珍保長太郎は口から先が出ている自分をウンコを掴んで、一気に引き抜いたのであるッ!
 ズボボボボボボボッ!
 それがどんな音がしたかは、正確にはわからない。人類史上誰も聞いたことがない音だからである。
 ところで、お腹の中でぐねぐね曲がった状態で岩のように硬くなっているウンコを一気に引き抜くと、どうなるか。もちろん、内臓……大腸、小腸、盲腸、胃袋、さらには食道までもが、ずたずたに裂けるに違いない。
 珍保長太郎にはそれがわかっていた。だから、ゆっくりやると絶対に痛いと思ったので、光の速さで全力で引き抜いたのである。
「グコボコボコッ!」
 擬音ではない。珍保長太郎の叫びの声である。魂の声。もう人類の限界を越えて向こう側に行ってしまった……ということだ。今ではキリストが同僚だ、
 さすがの死にかけ老人も目を丸くして見つめるしかなかった。彼はミスを犯していた。珍保長太郎のウンコというフタがなくなって、死にかけ老人のウンコはぜんぶ珍保長太郎の体内に入ってしまったのである。
 死にかけ老人は武器を失った。
 ゆらりとカゲロウのように揺れる珍保長太郎。その手には血や胃の内容物にまみれた自分の腸の形をしたウンコが握られていたッ!
 それから、ゆっくりと、引っこ抜いた自分のウンコを頭上高くかまえた。
「目玉ウンコッ!」
 これまた、聞いたことも言葉を絶叫すると、珍保長太郎は自分のウンコの先を、死にかけ老人の目玉に突き刺した。
 ザクッ!
「ぎゃああああああああああああああああああッ!」
 死にかけ老人は火災報知器のような大音量で悲鳴をあげた。あだ名の通りに死にかけていたのである。目玉が飛び出てブランブランとアメリカン・クラッカーのように揺れていた。
 グイッ!
 ひねりを入れて、珍保長太郎はさらに眼孔の奥までウンコを押し込んだ。ウンコの先端は脳みその中に半分くらい入っていた。
 死にかけ老人はもう死にかけではなくなった。


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・地獄ラーメン

『ラーメン珍長』。
 ミザリーこと神保千穂は、いつも老人ホームから電話で出前を頼むだけだったので、店に来たのは、これが初めてだった。不潔で汚い。酸化した豚の脂の匂いがひどい。吐き気がしてきた。頭のおかしい異常者が住むにはちょうど良い場所だ。
 もし、一度でも店の中を覗いていたならば、けっしてこんな店などに出前を頼むことはなかったことだろう。店内の様子から店長の異常性に気がついて、近寄るのはやめていたかもしれない。
 ミザリーは、もし生きて帰れたならば、二度とこの店に出前を注文するのはやめよう、と心に誓った。もしも、生きて帰ることがあればだが……。
 ああ、私の命はここで終わってしまうのか……。ミザリーは悲しくなって考えた。気のふれたラーメン屋はさっきからなにやら鍋を煮立てていた。好奇心に駆られてミザリーが覗き込むと、ラーメンを作っていた。よく出前で取っていた、『ラーメン珍長』のまずいラーメンだった。今日は醤油味のようだ。
 珍保長太郎はできた熱々のラーメンをドンブリに入れた。
「熱すぎる地獄ラーメン!」
 男は煮立ったラーメンを、ミザリーの頭の上にとつぜんかけた。
「熱いッ! 熱いッ! ギャーーーーーーーーーッ! 熱いッ!」
 ミザリーは絶叫して暴れた。そのひょうしに猿轡がはずれた。顔面が大やけどして焼けただれた。やけどの単位でいうと『3度熱傷』というところである。
「さあ、自分がウンコキラーだと認めるんだッ! 血も涙もない気の狂った殺人鬼めッ! すべての罪を自白しろッ!」
 珍保長太郎はポケットからICレコーダーを出して、ミザリーに見せた。「おそらく、あなたは心の治療が必要な反社会的な人格障害者なんだろう……。俺は同情しているぞ。悪いのは病気……本人ではない」
 強面だが心は優しい良い人、と自分のことをイメージして、自己陶酔する珍保長太郎。うっとりとした顔をしている。口の端からは、よだれが垂れていた。
「キチガイッ! 完全なキチガイにキチガイ呼ばわりされるなんてッ! キチガイはお前の方だッ!」
「なにッ!?」
 本当のことを言われて、珍保長太郎の脳みそのリミッターが壊れた。このクソババアッ! 命だけは助けてやろうと思っていたが、これで決まった。完全に殺すッ! 100%殺すッ!「地獄ラーメンを食えっ! 食って地獄に行けッ!」
 珍保長太郎は中身が少し残っているラーメンドンブリを、ミザリーの顔面に叩きつけた。何度も……、何度も……。分厚くてじょうぶなドンブリなので、人の顔面くらいでは、なかなか割れなかった。
 ゴズッ! ゴズッ! ゴズッ! ゴズッ! ゴズッ! ゴズッ! ゴズッ! ゴズッ! ゴズッ! ゴズッ! ゴズッ! ゴズッ! ゴズッ!
 村の鍛冶屋のように叩きつけ続ける珍保長太郎。哀れなミザリーは折れた歯を口から吐き出したあとは、動かなくなった。もう悲鳴も出ない。ぴくぴくとイモムシのように痙攣している。
 バキッ!
 珍保長太郎が気合いのこもった一撃を入れると、ついにじょうぶなドンブリにヒビが入って割れた。やった! がんばったかいがあった。珍保長太郎は達成感を胸に、割れた破片を持って、その鋭角な角をミザリーの顔面を叩きつける作業を、もくもくと続けた。
 ドピューッ!
 珍保長太郎の白いスラックスの中で、勃起したチンポコの先から、中学生のような大量の精液が吹き出した。気がつくと、ミザリーはとっくに息をしていなかった。ミンチのようになった顔面を見下ろして、珍保長太郎は原始人のように雄叫びをあげた。
「正義は、なされたりッ!」
 あまりにも声が大きいので、店のドアのちゃちな作りのガラスが震えて割れた。

・玉川上水でお前も死ね

「店長、どうして店の床に歯がぽろぽろと落ちているんですか」
 翌朝、手下のバカこと新実大介が、店内の掃除中に余計なことを言い出した。
「うるせえ」
 すげない店長。
「さらに、床には、なにかの肉の断片が転がっており、血のしみをおおざっぱに拭いたあとが見られるんですが、これ、違法性はないですよね?」
 疑り深い目で店長を見るバカ。
「殺すぞ」
 目つきが厳しくなっていく珍保長太郎。だが、新見はバカと呼ばれるだけあって、店長の危険な様子には気づいてもいない。ちょっと考えたふりをしてから、店長に言った。
「店長、やっぱり通報していいですかね?」
 ガシッ!
 やにわに珍保長太郎はバカの長めの髪の毛をわしづかみにした。それから、一度、後ろに引いて反動といきおいをつけてから、全力で顔面をカウンターの角に叩きつけた。
 ガッ!
「ギャッ!」
 悲鳴をあげるバカ。まるで痛がっているように見える。それでも珍保長太郎は、バカの髪の毛をはなさず、何度も何度も根気よく、顔面をカウンターの角に叩きつけ続けた。人生、努力が肝心だ。今回は口のあたりを重点的に狙ってみた。
「ごふっ!」
 ボロボロボロッ!
 バカは口の中から血の塊と1ダースばかりの折れた歯を吐き出した。それから、砂場で砂浴びをする犬のように、酸化した脂でべたべたするラーメン屋の不潔な床の上を、楽しそうに転がり回った。
「これで少しは静かになるだろう……」
 珍保長太郎はまんぞくそうに呟いた。「それにしても……」

 昨夜『正義は、なされたりッ!』と絶叫したときは、これですべてが解決したように思えたものだ。ところが、しばらくたってから冷静になって考えてみると、なんということだろう……。あたりまえだが、なんの解決にもなっていないではないか。よくあることである。
 ICレコーダーに自分とミザリーの会話を録音はしていたが、これはむしろ、単に自分が気の狂った人殺しであることの証拠にしかなっていない。
 これはいかん。珍保長太郎は不満足さに歯ぎしりした。手にしたICレコーダーを見つめていると、すっかりゆううつな気分になってきた。もしかして、鬱病になったのかもしれない。
 もうひとつ重要なことだが、どうもウンコキラーの正体は、ミザリーではなかったような気がしてきた。ミザリーは言わば誤認逮捕というやつである。冤罪で死刑になる運の悪い人間はこの世には、ツグダニにして食えるほどいる。だから、間違って個人的に死刑執行をしたからといって、誰にも責めることはできないだろう。その点には自信がある。
 正義や倫理というものほど、ゆらぐものはない。時代の流れとともに、白が黒になったり、黒が白になったりする例はいくらでもある。そんなに意味はない。気にしなくて良い。
 それより、重要なのは真犯人をあげることだ。大切なのは真実、それのみだ。それができないならば、自分がこのままウンコキラーの犯人とされて、電気椅子で処刑されてしまうことだろう。おそらく、この調子では、その日はそう遠くはない……。
 とりあえず、ミザリーの死体は早朝のひとけのない時間帯を見計らって、京王線のホームの下を流れる玉川上水に捨てた。
 太宰治がより高度なアクメを得ようと、彼女にチンポコを入れたまま、お互いの身体を縛って身投げしたことで有名な玉川上水だが、この近辺では大部分が暗渠となって緑道の地面の下を流れている。ところが代田橋のここでは、どういうわけか、10mほどの区間が地上に出ていた。
 ここに死体を放り込むと、暗渠の中に流れて入って行き、見えなくなる。なかなか便利な場所じゃないか。血に飢えた亀や巨大化した鯉が、どういうわけか、うじゃうじゃいる。暗渠の中で、こいつらがすべてを食い尽くすことであろう。珍保長太郎は何度か死体の処理に、ここを利用していた。鯉の丸々とした太り具合を見ると、他にも利用しているものがいるのかもしれない。

「ポンポンが痛い」
 歯のなくなったバカを見ながら、珍保長太郎は陰気そうに呟いた。少しも幸せそうには見えない。珍保長太郎はこう見えても神経が細いのである。けっこうな長期間になってしまった逃亡生活。その緊張とストレスから珍保長太郎はまったくウンコが出なくなってしまった。たいへんな便秘である。
「ええい、腹が張る」
 トイレには何度も入るのだが、ウンコは出ない。出したくでも出てこない。おそらく事件が解決するまでは、出ないであろう。腹の中で数週間分のウンコががちがちに固まってコンクリートのようになっている。考えただけでも臭くて恐ろしい。身体も心も調子が悪い。これが逃亡者の苦しみというやつなのだろうか。
「どうにかしないと電気椅子以前に便秘で死ぬ……」
 珍保長太郎は虚空を見つめながら、追い詰められた獣のように呟いた。


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・地獄から出前に来ました

 夜の10時。老人ホーム『天国の門』。大阪の漫才師のような頭の下品な女、ミザリーこと神保千穂が出てくる。
「オホホホッ! 今日も臭くて汚い老人どもを、影でいびって楽しかったわッ!」
 勝ち誇ったように笑うミザリー。今日は残業で少し遅くなってしまった。もちろん、そのぶん老人たちをよけいに虐待した。当然である。プラスマイナスはゼロにしなくては。これは税金のようなものだ。あの世にはなにも持っていけないのだから、すべてを支払ってから死んでもらいたい。ここは老人ホームだからな。
 梅ヶ丘にあるマンションに向かってしばらく歩く。東松原の暗い夜道。このへんは住宅地なので街灯が少なくて暗い。昼間でもひとけの少ない場所だ。
 やがて、羽根木公園の横に出た。おぞましい悪魔的な公園である。世田谷区のこのへんでは一番大きい。昼間から夕方にかけては、犬の散歩やジョキングをする人々で賑わう。
 だが、夜中となると、中央にあるグラウンドのまわりなどは、まだひとけがあるが、無駄に広いので、外れの方にあるいくつかの広場などはまったくの無人の荒野となる。運の悪い通行人が気が狂った殺人鬼に襲われ、手足を一晩かけてゆっくり切断されても、誰も気がつかないに違いない。
 あきらかにあまり神経などというものが身体の中に走っていないミザリーではあるが、さすがの、この女傑でもちょっと不安を感じた。
 その嫌な予感は当たった。
「地獄ラーメンッ!」
 行く手をふさいで素っ頓狂なことを叫んでいる男がいる。2m近い大男。手にはラーメン屋の出前の岡持ちをを持っている。ミザリーは手の中のiPhoneを握りしめた。
「おや? 誰かと思ったら『ラーメン珍長』のオヤジじゃない。こんなとこでなにしてんの」
 相手の正体がわかったので少しは安心をしたが、ミザリーは警戒を緩めなかった。このおっさん、前から目つきが尋常じゃないと思っていた……。
「地獄からラーメンの出前に来ましたッ!」
 男は岡持ちの蓋を開けた。
「出前などは頼んでいませんッ!」
 ミザリーは嫌な気分になった。この男……、狂ってるわ!
 だが、男は岡持ちの中から意外なものを出した。
「リボン! 趣味の悪いムラサキ色の大きなリボンッ!」
 珍保長太郎はこれで一件落着と言わんばかりのどうどうとした態度で、リボンを振りかざした。「しかも、ウンコがちょっとついているッ! 臭いッ!」
 ハッとした顔をするミザリー。
「そ……それは、しばらく前に老人ホームでなくなった愛用のリボン……。ボケ老人の一人が盗んだと思っていたが、お前が持って行ったのか! あなたは気持ちの悪いフェティシュな人だったの?」
 すっとぼけるミザリーの顔面に、ぐりぐりとウンコのついたリボンを押し付ける珍保長太郎。確かに少しウンコ臭かった。リボンも珍保長太郎も。
「これがウンコキラーの殺人現場に落ちていたのだッ! さあ、いさぎよく自白して、肩の荷を下ろしたらどうだね、ミザリー?」
口から泡を吹いて絶叫する珍保長太郎。夜道で熊に出会ったようなものだ。
「な……なんの話? 」
 ミザリーはミザリーって誰だ、と思ったが、それどころではないので、あとに置いておくことにした。
「お前が犯人だッ! お前が犯人だッ!」
 珍保長太郎の緻密な計画では、犯行現場に落ちていたというリボンを見て、もはや、逃れられないと思ったミザリーは、すべてをあきらめて、とうとうと犯行を自供するはずだった。そのためにこっそりと胸ポケットにICレコーダーを入れて、話を録音していた。
 だが、どうもそのような都合の良い展開にはならないので、珍保長太郎はちょっと焦ってきた。激怒した珍保長太郎は、リボンの両端を手で持って、ミザリーの首を締めようとした。首を絞めてどうにかなるのか? という冷静な判断など、もはや、この男の頭には無理だった……。
「ひいいいいっ!キチガイッ!お巡りさん!お巡りさん!」
 タラバガニのように泡を吹き出したラーメン屋を見て、ミザリーは急いでiPhoneで110番に電話をしようとした。それとも黄色い救急車のほうがいいだろうか。
 ガスッ!
 なにかが宙を舞った。
 ボトッ! 
 ミザリーの右手がiPhoneごと、地面に落ちた。男を見ると、いつの間にか出していた、切れ味の良さそうなサバイバルナイフを手旗信号のように振り回していた。自分の切り株のようになった手首を見るミザリー。
「ぎゃああああああああああああああッ!」
 絶叫する。キチガイじみた男だとは思っていたが、そのままキチガイだったのである。意外でもなんでもない。
「チンポコが勃起してきたッ! やばいッ! このままでは射精してしまうッ!」
 珍保長太郎は変態のようなことを口走った。キチガイの上に変質者だったのである。ヘレン・ケラー並みだ。
 それから一応、確認のために股間のふくらみを指で指してミザリーに見せた。
 ミザリーはそれどころではなかったので、とくにコメントはなかった。ミザリーは道端のミミズのようにのたうちまわって苦しむのに忙しかった。
 珍保長太郎はミザリーの襟首をつかまえて、口におしっこ臭い手ぬぐいで猿轡をした。それから、茂みの中に隠れ、深夜になるのを待ってから、人目につかないように店までひきずって行った。


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・ネズミ捕り

 親愛なるイエス・キリストに生贄をささげた効果があった。その日のうちに老人ホーム『天国の門』で動きがあった。どうやら、神は実在するようだ。
 『天国の門』の裏庭。ここには庭掃除の道具などが入っている物置がある雑草のはえた狭い空き地である。薄暗い。夏の終わりころには蚊だらけになるだろう。金網の柵をへだてて、珍保長太郎の隠れている児童公園がある。木の上の珍保長太郎からは、老人ホームの裏庭がよく見えた。
「臭いッ!」
 おなじみのミザリーこと神保千穂のいらだった声が聞こえた。外見は大阪の女性コメディアンみたいだが、見ていても少しも愉快な気分にはならない。
「この数日間、ずっと臭いと思っていたら、ほらっ! ネズミ捕りにかかったネズミが死んでいたッ! 死んで腐っているッ! 死んで腐っているッ!」
 ミザリーはいつも虐待しているらしい『死にかけ老人』こと大山田統一郎を、なぜか裏庭に連れてきていた。マゾ奴隷を率いる女王様のようなものだろうか。
「見ろッ! この真夏の灼熱ですっかり腐って大量のウジ虫が湧いているッ! 手に持っているだけで、液体のようにポタポタとウジ虫が流れ落ちるほど、湧いているッ!」
 ミザリーはしっぽを持ってぶらさげたネズミを、死にかけ老人に突きつけた。さきゆきの短い老人にこんなものを突きつけてどうしようというのか。ご意見とご感想を聞きたい、とでもいうのか。
「ひひぃ〜、腐ってウジが湧いていますッ! これ以上どうしようもないくらい、全力で腐りきっておりますッ!」
 死にかけ老人はオウムのようにそのまま答えた。アルツハイマーで脳みその細胞のかなりの部分が壊れているのであろう。恍惚の人である。
「ほうらッ! 臭い臭いッ! 腐ってる腐ってるッ!」
 しっぽを持ったネズミをブランブランさせて、じりじりとせまってくるミザリー。
「はい、その通りでございますッ!考えうる限り、全身全霊で腐っておりますッ!」
 前線の日本兵のように直立不動で答える死にかけ老人。恐怖の匂いが老人臭にまじる。すっかりおびえて、おしっこを漏らしそうになっていた。紙おむつをしているので、漏らしても問題はないのだが。

「かわいそうな老人をまたいじめている……」
 珍保長太郎は木の上から彼らの動きを観察し、憤っていた。
「やはり、老人虐待をやめていたのは、一時的なものだったのだ。警察に目をつけられるのを警戒してひかえていたのだろう。痴漢や変質者と同じでやめることはできないのだ。けがらわしい。汚らしい。更生したように見えても、きゃつは必ずまた実行するのである……」
 ポケットの中のスマートホンで警察に通報しようかとも思ったが、逃亡者の身の上ではそれはできない。また、老人虐待くらいで通報しても、木で鼻をくくったような、けんもほろろの反応しか返ってこないのは目に見えている。こういう時の警察の対応はわかっている。電話でいじめている本人に連絡をして、いじめているのか、と聞く。もちろん、本人は認めるわけがないので、していませんと答える。すると、そうでしたか、と納得して引き下がってそれ以上何もしないのである。珍保長太郎は警察組織の腐敗ぶりに怒りで目がくらみそうになった。

「見てッ! この腐りきって二倍くらいに膨らんでいるネズミのお腹を押すと、ケツの穴から、どろどろに溶けたハラワタとウジ虫がまざった液体が出てくるわッ!」
 その通りのことをするミザリー。
「ひいっッ!」
 悲鳴をあげた死にかけ老人。大きく口を開けて凍りついている。その口の中に、こともあろうか、ミザリーは腐った内臓をそそぎこんだ。
 ブュチューッ! ドロドロ!
 ゴクンッ! ゴクンッ! おぞましいことに死にかけ老人はすでに喉の筋肉が弱って緩んでいた。注ぎ込まれたネズミの内臓物は、なんら拒まれることもなく、勝手に喉を経過して胃の中に収まってしまった。
「うげえッ! 臭い臭いッ! 腐ってて臭いッ! 腐ってて臭いッ!」
 もだえ苦しむ死にかけてる老人。両足の先くらいはもう棺桶の中に入っている。
「あらっ、ごめんなさい。ネズミを捨てようと思って持ち上げたら、中から思わぬ液体が出てきて、ぐうぜんに大山田さんの口の中に入ってしまったわ。オッホホホッ!」
 悪魔のようなミザリーが笑う。
「うげえうげえ」
 吐きそうになる死にかけ老人。吐こうにも喉の筋肉が弱いので、なかなか出ないのである。正月に餅が喉に詰まって死ぬ老人とおなじ原理である。それを木の上から双眼鏡で覗いている珍保長太郎も吐きそうになった。
 ゲボゲボゲボッ!ゴボッボッボッボッ!
 念願がかなって、とうとう大量のゲロを吐く死にかけ老人。朝食は塩鮭だったようだ。なかば消化された朝食とウジムシとネズミの内臓が溶けたものの混合物が、死にかけ老人の足元に水たまりを作った。ゲロを吐くことは人間の生理に反した苦しい作業である。死にかけ老人は白眼をひんむいて涙を流した。悲しくてたまらない。それにしても、末期癌のくせになかなか死なないものだ。
「食べ物を粗末にするなーッ!」
 思わぬことを言い出すミザリー。しかし、その目つきは本気。虐待にために芝居をしているのではなく、本心から怒っているようだ。
「日ごろから食育をしているのを忘れたかッ! 日本の大企業に搾取されているかわいそうなお百姓さんたちが、たんせいをこめて作った食べ物を粗末にすなッ! ぜんぶ戻しやがってッ! ブッ殺すぞッ、じじい!」
 思わぬ方面から来たミザリーの激怒に、びっくりする死にかけ老人。もともと、ぼけているのだから話の展開にまったくついていけない。
「でも、その半分はウジとネズミの内臓ですぅ」
 弱々しく反撃を試みる死にかけ老人。その反撃がミザリーの怒りの限界点を越えさせた。なにかのスイッチを押してしまったのだろう。
 ミザリーは介護士という自分の職業を、道徳を学ばせる教育者のようなものと捉えているようだ。
「素直にあやまれば許してやるつもりでしたが、このような厚顔無恥な言い訳を並べられては、処罰を与えないわけにはいけませんねッ! 暴力は大嫌いですが、教育のためには、こらえるしかありませんねッ! 神は断じて嘘つきは許しませんッ!」
 ここはキリスト教関係の老人ホームだった。ミザリーの血も涙もない目が光る。かんぜんに青ざめる死にかけ老人。
「出したゲロを飲めッ!」
 教育者としての厳命をくだすミザリー。襟を正している。死にかけ老人の足元にたまっていたゲロを、庭掃除のチリトリとホウキでかきあつめる。続いて、チリトリの中に入ったそれを、死にかけ老人の口に押し付けた。
「ゲロを出したことは、とうぜんながら神様にとっては確実に地獄行きを判断させる材料ですが、それを後悔し反省するならば事情は変わります。神はゆるしたもうッ! 神はゆるしたもうッ!」
 絶望のどん底に叩き落とされた死にかけ老人に助けの船を出すミザリー。死にかけ老人はかすかな期待に胸をときめかした。
「ですから、反省の証として、出したゲロを一度口に戻して飲み込んでから、それをちゃんと食物として立派に消化して肛門から排泄したならば、やり直したということで、プラスマイナスゼロになる可能性がありますッ! 神様は慈悲深いのでありますッ!」 
 恍惚とした目で天上を見上げて硬直するミザリー。エクスタシーをむかえているようだ。イッたら筋肉が柔らかくなったのか、突如、ゲロを一気に死にかけ老人の口に流し込む。
「うげんッ! うげんッ!」
 流れ込んでくるゲロに苦しむ老人。
「これは親切ですよッ! 愛ですよッ! 愛ッ! いつくしむ無限の愛ッ! これが神の愛なんですわッ!」
 ゴックンゴックン!
 とうとう血走った目で、ゲロをぜんぶ飲み込んでしまった死にかけ老人。神の愛の検査には合格したはずだが、神の愛が原液で強すぎたのか、無表情になり動かなくなった。発狂したのだ。まるで路傍の水子地蔵のようだ。路傍の石とはこのことだ。彼はどこかに逃避しているのだろう。心の中では誰でも天国だ。
 ポン。
 よくやったとばかりに、ミザリーは死にかけ老人の肩をたたく。天使のように微笑む。心は純粋でやさしいのである。原理主義者で人質の生首を切断して歩くような人間は、気の狂った犯罪者ではない。みんな極端にまじめなやさしい人たちばかりである。彼らは善をなしている。二人は親友同士のように肩に手をかけ、裏口のドアを開けて、老人ホームに戻っていった。

「この気の狂ったキチガイめッ!キチガイッ!キチガイッ!」覗いていた珍保長太郎は木の上で激怒をしていた。「俺は犯人を確信したッ! 間違いない、ウンコキラーはミザリー!」


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