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・まだ生きてけつかる

 老人ホーム『天国の門』。東松原の住宅地の中にある。死に行く人々がつかの間の時間つぶしをしている待合室のような場所だ。その裏は緑豊かな児童公園になっていた。公衆トイレと鉄棒、それとベンチと大きな木々の茂みがある。
 珍保長太郎は毎日、その公園から老人ホームのミザリーの動向を見張っていたが、夕方になると近所の保育園から保母に連れられた子供らが遊びに来るのがわかった。薄汚い身なりのおっさんが双眼鏡を手に立っていたら、いかにも怪しい。怪しい前に本人が恥ずかしい。
 どうしたものかと思ったが、木の上に登って見張ることにした。これが案外、都合がいい。この季節、木々は豊かに葉っぱが生い茂り、下からは樹上の珍保長太郎の姿は覆い隠されてしまう。
 木の上からは天国の門のいくつかの部屋の中が見えた。暇そうに子供のやるようなお遊戯をやらされている老人たち、大画面テレビでDVDを見ている老人たち。それと世話をするキャリーやミザリーなど介護士たちの姿。
「おそらくミザリーがウンコキラーに違いない……。あの女はあきらかに反社会的な気質の異常性格者だ。同じく異常性格者である俺が言うんだから間違いはない。この手の異常者は犯行で気を使う。おそらく、男の犯行であるように見せかけて、捜査をかく乱するつもりなのだろう。または、ミザリーがほんとうは男である可能性もある。歪んだ性欲が異常な発散を求めることはよくある話だ」珍保長太郎はザルのような推理を展開した。暇だったからである。「連続殺人鬼は性欲をがまんできない。見張っていれば、いずれまた行動を起こす時が来るだろう……そこを捕まえてやる」
 だが、ミザリーは意外と問題行動を起こさなかった。大原稲荷神社の殺人現場に趣味の悪いリボンを落としたことに気がついて、行動を控えているのかもしれない。そうなると長期戦になる。場合によっては何年も……。ほとぼりが冷めるまでは何年でも待ち、自分の身が安全とわかってから犯行を再開する連続殺人鬼も多い。
 また、思ったよりミザリーが老人を虐待していないのがわかった。ラーメンを配達するたびに虐待を見かけていたものだが、もしかして、たまたま気が立っている時に出くわしたのかもしれない。腹が空いてイライラしていただけなのだろうか? こちらも警察に目をつけられないように行動を控えただけかもしれないが……。
 一日のスケジュールはこうだ。朝早く出かけて行って木の上に登る。珍保長太郎は日がな一日、セミの声に囲まれて木の上で見張っていると、だんだん自分がセミになった気分がしてきた。夜の10時くらいになると、宿直の当番を残して、ミザリーら介護士たちが老人ホームを出てくる。珍保長太郎は近所のマンションに帰るミザリーの後をつけて部屋に入るのを見届けてから自分もラーメン屋の屋根裏に帰った。
 「うひょうひょ」
 ある日のこと、木の上で珍保長太郎が変質者のような声を出した。変質者が変質者のような声を出してるのだから、そのままである。キャリーこと小杉浩子が着替えをしている姿を目撃してしまったのである。見事な貧乳だった。
「おっぱい、ボインボイン」
気持ち悪いことを、つぶやく珍保長太郎。ほとんどボインとは言い難いサイズなので、同時にウソツキでもある。必死に双眼鏡をワニのような目つきでのぞいているうちに、陰茎が勃起してきた。葉っぱのよく茂った木の枝の上なので、周りからはほとんど見えない。珍保長太郎は安心してチンポコを出して、こすりはじめた。
「ワンツーオナニー!ワンツーオナニー!」
 珍保長太郎は、掛け声を出しながらではないとイケないたちだった。人それぞれ、意外な性癖をもっているものである。家の中でマスターベーションをしてるような気持ちで、安心して登りつめる珍保長太郎。いきおいよく射精した。ドピューッ!ドロドロッ! 汚くて臭い。汚くて臭い。
「この季節、上から水分が落ちてきたら、それはセミのおしっこだと思うことだろう。だが、それは俺の精液だ」珍保長太郎はどうでも良いことをつぶやいて、満足感を味わった。ところが、意外なことに足元のすぐ下のあたりで悲鳴があがった。
「ぎゃっ」
 嫌な予感がして下を見ると、顔面に精液をかけられた若者が、こっちを見上げていた。ベストを着て捕虫網やら虫かごやらを持っているから昆虫採集家だろう。彼は目を丸くして珍保長太郎を見上げている。こっちだって目を丸くしている。驚いてるのはお互い様だ。
「驚いたな、昆虫採集家とは……。この世にこんな人種がまだ存在していたとは。しかも、それがたまたまマスターベーションをしている俺がいる木を登ってくるとは。しかも、射精する瞬間を狙って」
「あうあううう」情けない声を出す昆虫採集家。なにか説明する必要性を感じたのだろう。「お楽しみをじゃまするつもりはなかったのですが、この木はクヌギかコナラです。良い樹液がたくさん出るので美しい甲虫が集まってくるのです」
「しかし、出たのは樹液ではなく精液だったということだな」意味のない発言をする珍保長太郎。逃亡生活で風呂に入らず臭い上に、追い詰められて目が血走っている。そんな不審な人物に、木を登ったら、たまたま出くわしてしまったのである。昆虫採集家は心の底から恐怖を覚えた。
「おしっこが漏れそうです……」彼は蚊の鳴くような声で言った。その気の弱そうな学生時代は確実にイジメられていただろうという顔を見ていたら、珍保長太郎はやみくもな怒りを感じてきた。
「よし、殺そうッ!」
「ひっ!」
 頭上の臭い大男が、ぶっそうなことを言い始めたので、昆虫採集家は絶望のあまり悲鳴をあげた。驚いて息を吸ったので、顔射されていた精液が口の中に入り、飲み込んでしまった。地獄に違いない。ニヤニヤ笑う顔色の悪いキリストが待っているぞ。液体はセロリのような味がした。
「汚くて臭いッ!汚くて臭いッ!」昆虫採集家は泣いてわめき出した。これはいかん。近所の人が駆けつけてくる。珍保長太郎はいっさいの憐れみも覚えずに、懐からサバイバルナイフを出して、全力で下にいる昆虫採集家の顔面に突き立てた。
 ブスリ!
 小気味の良い音がした。ナイフは鼻の穴あたりから突き刺さり、後頭部から刃先が少し飛び出した。いい気持ちである。快感が背筋を通って、天の神の足元まで届いた。おそらく、ミザリーも同じような快楽を求めて連続殺人をやめられないのだろう。同じ仲間である。
 ガサッ!ガサガサガサッ!ボキッ!ボキッ!
 葉っぱを撒き散らし、木の枝を折りながら、墜落していく昆虫採集家。
 ドサッ!
 死体が地面に落ちるような音がした。珍保長太郎は木を降りて死に様を見物に行った。瀕死だが、まだ息がある。
「チッ!」本当に悔しそうに珍保長太郎は舌打ちをした。「まだ生きてけつかる……」
 公園に人が来ると困るので、珍保長太郎はちょっと苦労して、半死の昆虫採集家の身体を樹上に引きずり上げた。抵抗はしないが、だらんとしてるので重い。それから、先が折れている木の枝があったので、その鋭く尖った先端に身体を突き刺した。
 プルプルプル。
 昆虫採集家は、少しの間、ゼリーが揺れるように身体を震わせた。それから、かろうじて残っていた魂が、身体に見切りをつけて、天国に旅立っていた。
「さようなら。来世では虫に生まれ変わって幸せになれるといいな」珍保長太郎は昆虫採集家の魂に祝福を送った。「はやにえだ。秋になり葉っぱが落ちると、木の上の高いこづえに突き刺さってミイラになった彼が見つかる。さぞや、驚かれることだろう。楽しみだな」珍保長太郎は自分の仕事を満足して見つめた。反省は少しもない。
「自分は連続殺人事件の犯人を探しているのである。犯人が捕まれば、今後殺されるはずだった人々の尊い命がいくつも助かるだろう……。その目的のためにならば、関係のない人間を数人殺すくらいは、誤差と言ってもいいくらいである。むしろ、コスパが良い、と褒められて頭をなでられてもおかしくはないくらいだ」珍保長太郎の中に矛盾は存在しなかった。まっすぐな魂の人間だったからである。
 珍保長太郎は、それからようやく、先の濡れたチンポコをハンカチで拭いてズボンにしまった。いままで、ずっと出ていたのである。


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・逃亡者

「……ですから、私は一週間も店長の顔を見ていませんし、給料が払われる予定もないし、ほんとうに困っているのです。あのひと、ちょっとほら……。頭おかしいですよね? やっぱりやったなあ、という感じですよ。まったく、ひとかけらの同情もわきません。ウジ虫のようなものですよね。ここだけの話ですが、あの人……チンチンが長いのだけが自慢なんですよ!うへぇ!最低の人間ですよね?」と、愚痴をこぼしているのがわれらが珍保長太郎の手下のバカこと新実大介。ラーメン珍長に北沢署から刑事青赤がまた来ているのである。ウンコキラーの新たなる犠牲者が見つかったとかなんとか。
「はあ、そうですかね? 私の見たところでは、あなたは店長をグルのように崇拝しているように見えましたけどね? 尊師みたいだな……とあなた方の関係を見て思いましたよ。尊師ってわかりますか? あれですよ、麻原彰晃。私は地下鉄サリン事件の時は、捜査本部にかり出されていましたからね。あれ以来、弟子みたい人が言うことは一切、信用しないようにしているんです。あんた、ほんとはウソをついて、かばっているんじゃないか?」刑事青が不審な目でバカを見つめる。バカは不快な気分になり、真正面から警察官の目を見て言った。
「いいえ、神に誓ってウソは申しておりません。クズはクズ。犯罪は犯罪です。必要とあれば、いくらでも店長の顔写真を足で踏みつけて見せましょう。ニヤニヤ笑いながら、上で踊って見せますよ」と断言するバカ。
「では、また確認しますが、店長からはまったく連絡は来ないし、顔も見ていないと断言するのですね? 犯人をかばうと偽証罪で刑務所に入れられますが、それでも構わないと、おたくは言うのですか」
「もちろんですとも」キッパリと言い切るバカ。「ところでお二方、ラーメンを食べて行きませんか。店長がいない間、給料が出るあてがないので、自分で勝手に作って出してるんですが、店長が作るよりはるかにうまいと好評ですよ。店長をバカにするわけではないですが、あの人、料理下手ですからね」
 刑事青赤はどうしたものかと顔を見合わせたが、ちょうど腹が減っていたのでここで食っていくことにした。
「では、いただこうか」
「へーい」

 意外とふつうにうまいラーメンだったので、満足して出ていく刑事青赤。にこやかに店の前に出て見送るバカ。刑事青赤が代田橋商店街を進み、角を曲がって見えなくなると急に厳しい顔に変わる。彼らが自分を騙しこっそりと戻ってこないか、しばらく待つ。珍保長太郎のザルのようなおおざっぱな性格と違い、バカは用心深い。
 これなら大丈夫と判断してから店内に戻り、戸に鍵をかけて『休憩中』のふだをぶらさげる。バカはカーテンを閉めて二階に上がった。ラーメン珍長の二階は物置に使うような場所だったが、珍保長太郎は金がないので賃貸規則をやぶって、ここに寝泊まりしていた。ろくな家具もない部屋に、不潔な布団と収納家具代わりのダンボール箱が置いてある。だが、今日は二階には珍保長太郎の姿は見えない。
 バカはさらに踏み台を出して天井裏に入る戸を開けた。電気工事の人などが、配線工事をするための入り口である。中からホコリと蜘蛛の巣にまみれた珍保長太郎が出てきた。
「きさま、俺をそんな風に思っていたのか。いかにも人を殺してもおかしくない狂人と言ったな……」機嫌が悪い珍保長太郎を見て、バカはギョッとした。
「えっ……、店長。どうしてそんなことまで聞こえるんで?」
「いいか、ここに配管があるだろう。電話線やらLANケーブルなどを通すための管だ。これが一階の厨房の脇まで伸びている。この管に耳を当てていると、お前が俺の悪口を言ってるのがぜんぶ聞こえるという寸法だ……」
「げげげげげッ!」うろたえるバカ。安心しきって、日常の不満をぜんぶ言ってしまったらしい。
「しかし、店長。そんなスパイのようなまねをしている時ではないですよ。本当に危険がせまっています。やばいですよ。刑事たちが言っていたことを聞いたでしょう。かんぜんに犯人扱いですよ。いちおう『犯人扱い』と言っておきますが、ほんとうにやってないんでしょうね?」たくみに話題をそらすバカ。卑怯な人間なので、頭がこずるいのである。もちろん、珍保長太郎はかんたんに策略に引っかかり、別なことを考え始めた。
「もちろん、やっていないとも! 俺がじつは夢遊病で知らん間に女の口にウンコをつめて回ってるのではない限り!」自信をもって断言する珍保長太郎。
「まあ、ほんとうはやっていても私はかまわないんですけどね。いかにも、やりそうな感じですからね。それはともかく、店長、臭いですよ! 糞尿垂れ流しでしょう。とうぜん、一週間も風呂に入っていないでしょう。これじゃあ姿は隠れていても、匂いで見つかってしまいますよ」
「とはいえ、銭湯に行くわけにはいかない。ウンコはバケツに出して、たまったら人がいない時を見計らって、下の便所に捨てているが、それでも生のウンコがそばにあるんだから、臭いことはこのうえもないな」
「ああ、臭い臭い……」鼻をつまんで店長の周りを回るバカ。バカのくせに神経質なので、悪臭にはがまんができないのである。さいわいに、ここはラーメン屋なので巨大な鍋があった。それでお湯を沸かして、珍保長太郎は入ることにした。
「50男のスープだな」食欲をなくすようなことを言う珍保長太郎。とくにコメントは浮かばなかったので、バカは聞こえないふりをした。
「一週間隠れていたが、このまま天井裏で10年間、隠れ住んだのちに病死してホコリと一体化してしまうのも酔狂でいいかもしれないが、そうも言っていられないので、どうにかしなくてはならない」頭の中で考えていることがそのまま口に出てしまう珍保長太郎。近代化以前の日本人と同じく、頭の中だけで思考することができないのである。
「でも、どうするんです。店長」
「犯人を見つける」
 または、別な誰かを犯人に仕立て上げるという手もあるな……、と珍保長太郎は思いついて、さりげなくバカの横顔を見た。こいつは、いつ死刑になって死んでもまったくおしくない人間だ。だが、あまりヒントをあたえて警戒されては困るので、珍保長太郎は目をそらして、なにも考えていないふりをした。
 動物のように神経の鋭いところがあるバカは、にわかに背筋に冷たいものが走るのを感じて、店長の顔を見た。注視していると、わざとらしく視線をそらした。バカは不安になったので、夜道と背後には気をつけようと、心の片隅にメモをした。

 夜になった。出歩いても大丈夫だろうと判断して、珍保長太郎は業務用自転車『チンポ号』に乗って走り出した。刑事青赤が心配だが、やみくもにばったりと犯人にでくわすことを期待して、24時間、代田橋をうろついているわけではあるまい。交番の前を通る時は気をつけたほうがいいかもしれないが、道端で職務質問されない限り大丈夫だろうとふんだ。
 お巡りに見つかって職務質問された時の用心に、珍保長太郎は懐にナイフをしのばせていた。相手が一人なら殺してしまえばなにも問題はない。暗闇の中で珍保長太郎は悪魔のように笑った。黒い猫が道路を横切る。
「とりあえず老人ホーム『天国の門』に行くか。ミザリーのものらしいリボンが現場に落ちていたからな。だがしかし、リボンを突きつけても自供をしたりはしないだろうな。どうしたものか……」旧式の重たい自転車に乗って、ブツブツ言いながら走っている大柄な中年男。いかにも怪しい。しかも、ふところにはナイフ。いつでも警察官を殺す覚悟はできている。その目が狂気で光った。


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・自由に向かって走れ

 深夜の代田橋である。キーコ、キーコと珍保長太郎は愛用の業務用自転車、チンポ号を走らせていた。運動である。中年になってから珍保長太郎は急に太り出してきた。もともと、大飯食らいの上に毎日、大量に売れ残っている背脂がコテコテしたラーメンを食っている。デブになって当然である。
 これが20代ならば、背脂が筋肉に変わることもあろうが、中年になったならば背脂はそのまま腹脂に変わってしまう。たんに移動するだけである。これではいけない、と珍保長太郎は深夜に仕事が終わってから、二時間、業務用自転車で走ることにしていた。もともと、重い上に整備が悪いのでチンポ号を走らせるのは、かなりの重労働だった。運動という意味ではちょうど良い。
「オマンコしてえな」無意識に思ってることが口に出てしまう珍保長太郎。
「肛門がかゆいな」異常人格者とはいえ、ろくなことを言わない。
「いかん、ウンコがしたい」珍保長太郎はちょっと深刻な顔になった。このへんは荒れ果てた貧民街である。だから、珍保長太郎のようないいかげんなラーメン屋でも、家賃が安いからやっていけるのであるが、そのかわりトイレがない。これは貧乏人しか住んでいないので、税金があまり取れないせいである。そのために区の方で公共施設にかけるお金がないので、公衆トイレがどこにもない、という事態になっているのだ。
「ウンコががまんできない……」珍保長太郎は小学生の時に二回ウンコを漏らした体験がある。今でもたいへんなトラウマになっている。カッとなってすぐに人を殺したりするのも、教室でウンコを漏らした悲しみが原因ではないだろうか。
「怖い……。ウンコを漏らすのが怖い」小学生ならまだしも、中年のおっさんが道端でウンコを漏らしたら、あまりにも救いがなさすぎる。まさに地獄のようだ。地獄がお前を待っているぞ。ニョキ。肛門の穴からサツマイモの先のようなものがすこし顔を出す。
「いかん、しゃれにならない。絶体絶命だ」大原稲荷神社にさしかかった。陰気で暗い。神社なのにすこしも聖なる感じはしなくて低俗で下品。悪霊のすみかのような不吉で不潔な場所なのであるが、珍保長太郎にとっては幸いなことに、そのおかげで深夜はあまりひとけがない。
 キキッ。業務用自転車を止めて真っ暗な境内に入っていく。神経がないので、とくに霊などを怖がることはない。
「どこかにウンコをしても怒られないような場所はないか?」珍保長太郎は広い敷地を見渡す。でも、暗いのでなにも見えない。
「よくわからないが、とりあえず、一番奥まで行って出せばいいのではないか?」ということで、どんどん奥に進む。奥の方は墓場になっていた。悪霊神社のどんづまり。いかにも、行き場を失った怨霊や水子の霊が、吹き溜まっていそうなところである。湿っぽくてじめじめと臭い。腐った沼のような臭いがする。通常の神経の人間ならば、ためらうところであろうが、珍保長太郎はとくに感銘をうけたようすはなく、茂みの陰でしゃがんで尻を出した。
 むりむりむりむり。
「ふーっ。ごくらくごくらく」困難を乗り越えてすっきりした顔をする珍保長太郎。機嫌がいいようだ。だが、その直後に地獄が待ち構えていた。
「いや待て。紙がない」みるみるうちに青くなる珍保長太郎。「こまった。これではパンツがウンコだらけになる。こういう時に限って、ねばりっこい切れの悪いウンコだ。あきらかに直腸の中にまだ切れ端が残っている。このまま自転車に乗ったら、圧力で腸内のウンコが押し出されてしまい、パンツがさらにウンコだらけになってしまうであろう……。なんと恐ろしいことか……」絶望する珍保長太郎。なんとか被害を最小限に止めようと、そこらの葉っぱで拭こうと考えた。
 暗闇の中に手を伸ばすが、あたりにはあまり大きな葉っぱが見つからない。さらにゴソゴソと地面を引っ掻き回していたら……

 髪の毛の塊のようなものに手が当たった……

「ぎゃっ」思わず小さな悲鳴をあげる珍保長太郎。肛門の先から数センチのウンコを突き出したまま、さらにおしっこを漏らしてしまった。これ以上の地獄は世界ではあまり例を見ない。ちょっと硬直した。
 それにしても髪の毛である。やばい。なんだろうか。だが、こういう時、人間の心は勝手に恐怖と幻想を作り出すものだ。正体がわかれば、な〜んだ、という笑い話になるのでなかろうか?
 そこで珍保長太郎は恐怖をこらえて髪の毛の塊のようなものにふたたび手を伸ばした。その時、月の光が運命のように差し込んで茂みの中を照らした。顔中ウンコにまみれた女の死体だった。
「ウンコキラーの犠牲者……」直球すぎる。死体のようなものかと思ったら、そのまま死体だった。ふいに枯葉を踏む足音が聞こえた。
「わん!わん!わん!わん!わん!わん!」
 見ると犬を連れた近所のおっさんが入ってきた。懐中電灯で珍保長太郎を照らす……。その明かりが照らし出したものとは、ウンコを口に詰められて死んでいる髪の長い女の死体と、ケツからすこしウンコを出してしゃがんでいる目つきの悪い中年男である。いかん、ぜったいぜつめいに俺、怪しすぎる!
「人殺し〜ッ!」絶叫する近所のおっさん。もっともな反応である。いっそ、このおっさんと愛犬を殺してしまえば、窮地から逃れられると短絡的なことが頭に浮かんだ珍保長太郎だが、それでは余計に窮地に追い込まれると寸前で思いつき却下。代わりに全力でおっさんを突き飛ばした。
「死ねッ!」つい習慣で余計なことを口走ってしまう珍保長太郎。これでは『私が犯人です』と念押ししてるようなものではないか。ゴロンゴロンとボーリングの玉のように転がっていく近所のおっさん。手から落ちた懐中電灯が何かを照らす。
「こ…これは」趣味の悪い大きなリボンが落ちていた。ムラサキ色。こんなリボンをつけるような人間は一人しか思いつかない。しかも、その人物は最近、このリボンをなくしたようだ……。
 ガブッ!犯人の推理をしていた珍保長太郎に、おっさんの愛犬が噛み付く。飼い主に忠実な犬のようである。だが、今の珍保長太郎には、愛犬の献身的な愛情に感動してる余裕はなかった。なさけようしゃなく、ぜんりょくで犬の腹をけとばす。
「キャイーーーーーーーーンッ!」
小型犬だったので20mくらい宙を飛んで行った。落ちてからは鳴き声がしなくなったので、天国に行ったのかもしれない。これでは、殺人罪で告訴されなくても、動物愛護法で有罪になるかもしれない。
「いかん、どんどんドツボにはまっていくぞ。おもしろいくらいに」
 ウンコのちょっとついたリボンを持って、大原稲荷神社の境内を走る珍保長太郎。入り口に止めていた業務用自転車にまたがって、サドルにウンコをこすりつけながら、全力で走り出した。自由に向かって。


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・塩だッ塩をまけッ!鬼は外ッ!

 今年は猛暑なので小便は蒸れてすぐに発酵した。柔らかい白色の調理師用スラックスが、乾いた尿でごわごわになる。自分が臭い。珍保長太郎はズボンを着替えるためにラーメン珍長に戻った。バカがかいがいしく迎える。
「お帰りなさいませ、店長」
 まるで嫁のようである。実に不愉快で腹立たしい。少しでも「臭い」などと言おうものなら、即座に喉をかき切ってやろうと、身構えていたが、バカは少し鼻をクンクンさせただけで余計なことは言わなかった。その代わり、バカは別な爆弾を投下した。
「店長、留守のあいだに警察が来ましたよ。店長が出前でいないとわかると、後でまた来ると言ってました」
 ぎょっ! 不必要なまでに驚く珍保長太郎。ポーカーフェイスとは、ほど遠い性格のようだ。
「お、おれはやっていない……」誰も聞いていないのに、血相を変えて弁明をはじめる珍保長太郎。見ての通り、頭と行動はあまり、まともとは言い難い人物である。おそらく、警察が怪しいと睨んでくわしく調査したら、いくつもの過去の隠された犯罪が浮かび上がってくるのではないか。珍保長太郎は警察ほど苦手なものはこの世になかった。前からパトカーがやってきたら、意味なく横道に曲がって避けるくらい嫌いだった。
「な、なにかやったんですか?」きょとんとしたハゼのような顔でバカがたずねる。
「いや、なんでもない」見るからにうろたえる珍保長太郎。挙動不審である。どう見ても犯人にしか見えない。ハアハアと息を荒くついて、脂汗をだらだら流す。冷静を装っているが、目玉が落ち着きなくメリーゴーランドのようにクルクルと回っている。「なにもやってないと言ってるだろうッ!」だしぬけに怒鳴り出す珍保長太郎。
 バカがびっくりして店長を疑惑の目で見つめている。目の前に警察がいるわけでもないのに、この調子である。もし、警察署に連れて行かれ、本格的に尋問されたらどうなることやら。あることないこと自白して、最近の10年間の東京の未解決事件のぜんぶの犯人にされてしまって、10回くらい死刑判決を受けかねない。しかも、その半分はほんとにやっていそうだ。
「犬め……。いまわしい国家の犬どもめ……」けんのんな形相でブツブツ独り言を言いはじめる珍保長太郎。店長が気持ち悪いことを言い出したので、バカは働いてるふりをしながら、店長から遠いところに少しづつ移動した。
 がらがらがら。店のドアが開いた。入って来たのは目つきの悪い身体のがっしりした男が二人。一人が中年でもう一人は若い。彼らの姿を見て、珍保長太郎の目が狂気で光った。バカが話していた刑事らしい。憎しみのこもった目で二人を睨みつける珍保長太郎。よくわからないが、睨まれてるので睨み返す刑事。しばらく無言で睨み合った。
 彼らは北沢警察署の刑事だと自己紹介をした。中年の方が巡査長の青田剛、もう一人の若い方が、赤井達也で身分は巡査。珍保長太郎はさっそく二人に『刑事青赤』と名付けた。
「我々はウンコキラーの連続殺人事件を捜査しています。ラーメン珍長さんは、この商店街でもう10年も商売をしているそうですね。なにか不審者を見たとか、怪しい人物を知っている、とかいう情報はないでしょうか」青の方がおんけんに質問する。
 だが、珍保長太郎にはそれがまるで蟹工船の小林多喜二を拷問している警官のような口調に聞こえたらしい。きちがいだから仕方がない。店長の顔色がみるみる険しくなっていった。
「ここで10年やっているそうですね……だと? つまり俺の情報を前もって調べたということか。 なんの疑いのない人物の経歴など調べるわけがない。この俺が……」大きく息を吸う珍保長太郎。「容疑者として浮かび上がっているということかッ!?」
 ちょっと驚く刑事青赤。駅前商店街のただのラーメン屋に聞き込みに行ったら、どう見ても殺人鬼にしか見えない人物が出てきたのである。こういう手合いはかえって困る。彼らはすっとぼける犯人を追い詰めるのは慣れているが、全身から犯人です!と主張しているような人物は、どう扱ったらいいかわからない。
「ええと……」絶句する刑事青。
 店長がよくわからないが、いきなり警察に食ってかかってるので、バカは慌てていた。なにかが店長の琴線に触れたのであろう。この店長、尊敬はしているのだが、気が小さいくせに気が短い。バカは手振りで店長を止めようした。だが、珍保長太郎は目玉を充血させて絶叫した。ゴリラのようにうでを振り回す。
「この腐れ犬どもめッ!」
 警察官といえども人間である。こういう態度に出られてむっとしないわけがない。
「お前ッ!後ろめたいことがなんかあるのかッ!」刑事青が珍保長太郎に負けない大声で怒鳴り返した。凶悪な犯人を相手にするのは慣れているのである。ちょっとひるむ珍保長太郎。やはり、気が小さい。「経歴など調べていないッ!商店街で聞き込みをしていて、ここで聞くと良いと言われて来ただけだッ!だが、店長がこういう人物だとわかって俄然興味がわいたよ。どれどれ、名前は珍保長太郎か!」刑事青は壁に貼り付けてある食品衛生責任者の許可証の名前を見て言った。慌てて、珍保長太郎が飛びついて名前を手で隠そうとする。もちろん、すでに読み上げられているのだから手遅れである。ますます怪しい挙動のラーメン店店主を見て、刑事青はつけくわえる。「そういえば、同じく商店街で、あんたが出入りしていた暴走族に大怪我を負わせたという話を小耳に挟んだぜっ! 根っから暴力志向のある人間のようだなッ!きさまはッ!」
「な…なにをッ!」本当のことを言われて、うろたえる珍保長太郎。
「カッとするとなにをしでかすか、わからない人間なんじゃねえのか、お前ッ!」恫喝する刑事青。まったくその通りです、とバカは内心うなずいていたが、命が惜しいので顔には出さないようにした。
「クズはクズだッ!クズを殺してなにが悪いッ!クズを人間扱いする必要はないッ!」どんどん一人で犯人になっていく珍保長太郎。会社では絶対に出世しないタイプである。「もちろん、この『殺して』というのは例えで現実に殺したという話ではないがね!」いちおう、言いつくろったがなんの弁護にもなっていない。
 相当に機嫌が悪くなった刑事青赤。勝手に激怒しはじめた珍保長太郎を、あやしそうにジロジロと見つめる。どうやら、確実に容疑者リストのトップに躍り出たようだ。バカが援護に入る。
「どうも、すみません。てへってへっ。この人、いわゆる『ガンコ店長』ってやつで、気が難しいんですよ。頭の中の配線がどこがどこにつながってるか、さっぱりわからない。すぐに変なスイッチが入る。でも、口は悪いんですが性格はもっと最悪なんですよ。その代わり……」変な間を開けるバカ。「ラーメンの味はもっとまずいんですよ!だから、気にしないでください」なにを言ってるのかわからないが、とりあえず店長をかばってるつもりのようだ。このバカは、世渡りがうまいのか悪いのか、よくわからない。
「また来るからな。こんどはそのまずいというラーメンを食ってやる」捨て台詞を残して出ていく刑事2名。
「塩だッ!塩をまけッ!」珍保長太郎はバッサ、バッサと去っていく刑事の背中に塩を投げつけた。「鬼は外ッ!鬼は外ッ!」混乱してるようで、かなり間違っていた。


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・死にかけ老人

 この世には生きている人間と死んだ人間がいる。死んでいない人間はだいたい生きている場合が多い。だが、中には幽霊でもないのに生と死の中間くらいのポジションを保持しているものもいる。珍保長太郎が『死にかけ老人』と呼んでいる大山田統一郎はその一人だった。年齢は知らないが80は越えていると思われる。
「バイタルチェックのお時間ですよ!このいまいましい死にかけたもうろくジジイッ!」ミザリーこと神保千穂の完全にイライラした怒鳴り声が聞こえた。珍保長太郎は老人ホーム『天国の門』に伸びたラーメンの出前の配達に来て帰ろうとしていた。すると、どこかの部屋から、けんのんな声が聞こえてきた。珍保長太郎は不審に思って裏庭に回って窓から覗いてみることにした。
「ふがふが」死にかけ老人が生きているだけでも苦しくてたまらないという調子で答えた。どうやらこの老人ホームでは、毎日一回、健康チェックをするようだ。部屋の中には臭そうなベッドが4つあるが、老人は死にかけ老人一人しかいなかった。他の三人はすでにミザリーが息の根を止めてしまったのかもしれない。
 こんな人間のクズでも看護師の資格があるのか……。珍保長太郎はいきどおって考えた。大阪の漫才師のような頭を見ているだけで不愉快になる。警察は信用ができない。いっそのこと、自分が正義の使者となり勝手にこのババアを殺したほうが、世のため人のためなのではないか。
「首筋で脈を測りますよ!おや、もうほとんど死んでいるから、脈拍がゆっくりね。しかも、弱い……。これなら、ちょいと血管を止めたら、なにも苦しまないでキュ〜ッと死んで、しかも、自然死と思われてしまうのではないかしら?オホホホホッ!」悪魔のような笑い声をあげるミザリー。今日も頭のリボンはピンク色だった。
「いやじゃあ、わしはまだ死にとうない。死にたくない。たとえ、どんなに弱って虫のようになっても、植物人間になっても、身体中にいろんなパイプや電線をつながれて老醜をさらしても、できるだけ生きていたいんじゃ〜」泣きがなら訴える死にかけ老人。人生をあきらめてはいないようだ。
「なにを言うんだッ!バカものッ!馬の糞!」激怒するミザリー。
「えっ……」どうしてここで怒られないとならないのか理解できない死にかけ老人。
「この世には生きたくても、いろんな理由で生きることができない人間がたくさんいんるんですよッ!かわいそうにッ!本当にかわいそうにッ!」ろうろうとまくしたてる看護師の免許を持った介護士。「それなのに、お前のような一切生きていく価値のない人間に限って長生きしたいなどと寝ぼけたことをほざくッ!ほざくなっ!これ以上、ほざくなっ!私は長年の看護師と介護士の人生で、長生きすべき人間が死に、早く死んでほしい人間がいつまでも生きているというこの世の矛盾に、さいなまれてきました。世の中間違っていますッ!早く死ねっ!早く死ねばいいのにッ!」
「なにを言っとるのかよくわからん〜。ええ〜ん。ええ〜ん」とうとう泣き出してしまう老人。
「それはつまり、お前が生きている価値がない人間だから理解できないということですッ!」
「ひ……ひどい!なんで断定するんじゃ〜。わしは虫も殺せない人間なのに〜」いちいち、めそめそする老人。おそらく、心の中がもうろくして弱くっているのであろう。覗いてる珍保長太郎はちょっとイライラして、うっかりミザリーを応援したくなってきた。
「でも、あたしは介護士!聖職です!厳格な倫理基準に基づいて生きています。だから、さくっと殺したりはしません。しませんけど……」冷血な顔で死にかけ老人の首に手をかけるミザリー。
「む……」ぎょっとする無力な老人。もともと顔色の悪い顔の血の気がさらに引いて群青色になる。
「脈拍が弱すぎて正確に測れないから、もっときつく首を絞めて血管の圧力を上げて測定するのは、医療的に正しいと思いますわッ!オホホホッ!」きゅ〜ッと年寄りの首を絞めるミザリー。
「むく……むく……」声にならない声をあげて、壊れた操り人形のように手足をばたばたさせる老人。
「それ、キュ〜ッとな!それ、キュ〜ッとな!」にやにやと笑うミザリーの、意外ほど力の強い指が死にかけ老人の首に食い込む。
 それほど力はあるように見えなかったが、ハードな看護師や介護士の生活を長くやってると、かなりの筋肉がつくのかもしれんな。窓の外で珍保長太郎は、意外な発見をしたので感心した。
「ほほう」例によって思ったことがつい口から出てしまう。やばいと思ったが、部屋の中のミザリーと老人の肩越しに目が合ってしまった。毒蛇が心優しいヘレン・ケラーに見えるほどの形相で、窓の外の珍保長太郎をにらみつける。
 ひええええええ。珍保長太郎は真っ青になりカエルのように動けなくなった。だが、ミザリーはにわかに微笑みを浮かべて、首を絞めていた指の力を抜いた。
「ほほほっ。血圧はかなり低いけど正常なようね。身体中にがん細胞がひろがって手遅れになっている以外は健康そのものです。あら、ちょっとブラックジョークだったかしら。うふっ」急に態度が豹変したミザリーにぼうぜんとする死にかけ老人。年寄りなので頭の切り替えが早くできないのである。
「お達者ですね」ミザリーはにこやかに捨て台詞を残して出て行ったが、その前に窓の外の珍保長太郎を、睨みつけるのを忘れなかった。
 じょじょじょよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ。恐怖のあまり珍保長太郎はおしっこを漏らした。


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・天国の門

 出前である。珍保長太郎は愛用の業務用自転車に出前箱をぶら下げて走っていた。この業務用自転車というのが、ひたすら重い。重いがじょうぶでよほどのことがないと壊れない。珍保長太郎は気に入っていた。名前をチンポ号と名付けた。人前ではなかなか言いにくい名前である。
 戦前から存在する歴史的な建造物である和田堀給水所の横を通って羽根木の住宅街に入る。貧困な代田橋のスラムな雰囲気がだんだんと少なくなり、閑静な住宅地になる。このまま、まっすぐ行って代田に入るとこんどはちょっと金持ちっぽい雰囲気に変わるのだが、途中で曲がって東松原商店街の方に向かう。小かん寿司を通り過ぎたところで右に曲がって、しばらく進むとあるのが、目的地、老人ホーム『天国の門』である。
「入るときには生きているが、出るときは死んだときだ」珍保長太郎は、ここの門をくぐるたびに警句のようなものを吐かずにいられない。特に意味はない。
「遅いじゃないの!この腐れラーメン屋ッ!」愛のある言葉で迎えられた。相手は天使のような人柄で知られている介護士のミザリー。外人が働いているわけではなく、珍保長太郎が勝手にそう名付けているだけだ。本名は神保千穂。職員は名札に名前が書いてある。
「ああ、すいません。うちの生麺がストライキを起こしていまして、説得するのに時間がかかりました」珍保長太郎は機転のきいたことを言おうとして、意味のないことをつぶやいた。
 ミザリーはあまり感心してくれなかったようだ。「ただでさえまずいのに、こんなもの伸びてしまったら、すでに人間の食いもんじゃないよッ!犬の餌以下だよッ!犬だって匂いを嗅いで、嫌な顔をしてまたいで無視するよッ!犬マタギ、とでも名付けたいところだねッ!」全力で嫌味をぶつけるミザリー。心の中は憎しみだけでできているのであろう。頭は大阪の漫才師でしか見ないようなおばさんパンチパーマ。そこになぜか派手な大きな色のリボンをつけている。今日はピンク色だ。
 ピンクちゃん、とでも呼んで欲しいのか……。珍保長太郎はちょっといらいらしてきたが、口では「むう……」と唸っただけだった。余計なことは言わず出前箱から、ラーメンドンブリをいくつか出す。老人ホームの奥の方でミザリーを呼ぶ声がした。
 チッ!いまいましそうに舌打ちをするミザリー。怖い。「また、大山田さんだわ。この死にかけ老人めッ!ほんとうに早く死んでくれないかしら。人間なんて生きていても意味はないのにッ!」
「すると人間の命など虫けらほどの価値もないというのですか?」珍保長太郎は、さりげなく聞いた。
「なに!?」ギロリと身の毛の凍るような顔で睨みつける漫才師のような頭のオバサン。「よけいなことを言ってないでラーメンは憩いの場に運んでおけッ!」ミザリーは奴隷に命令するように言った。
「ははあ」平伏する珍保長太郎。ミザリーは奥の方に去っていった。ラーメンドンブリを運びながら、珍保長太郎は厳しい目つきでミザリーの後ろ姿を見ていた。

 こういう人の命をなんとも思わないような人間が連続殺人をするのではないだろうか。

「ウンコキラーか?」珍保長太郎は小声でつぶやいた。ウンコキラーは男と思われているが、捜査を撹乱するために性的に異常な好みのある女が男のふりをしている可能性もあるのではないか……。ワニのような目つきで珍保長太郎は根拠のない推理を重ねた。

 憩いの場。
「いつもありがとうございました」こちらでは、すがすがしい声に迎えられた。若い介護士の小杉浩子である。
「どういたしまして、こちらこそ」ミザリーの毒気にげっそりしていた珍保長太郎は愛想よく答えた。「いつも出前を頼んでくれてありがとうございます。まずいラーメンしか作れなくてすみませんね。もう人生にやる気がないんですよ」
「ええ、ほんとうにまずくて……。いえ、安くて量だけは多くて満足していますよ。私はけっこうたくさん食べるので」
「ははあ」珍保長太郎は話しているだけで、すがすがしい気分になった。可憐な野の花のようだなと思った。まだ、20代か。気は優しそうだが、ちょっと神経質そうな線の細さがある。もっと無神経なずうずうしいタイプでないと、こういうブラック体質な介護業界では生き残るのは難しいのではないか? と珍保長太郎は、この若いスタッフを見るたびに思うのだが、余計なお世話というものだろう。
 珍保長太郎はこの女に『キャリー』という呼び名をつけていた。ミザリーと対ということである。

・麻原が待っているぞ

 ラーメン珍長。うんざりすることにバカこと新実大介に、珍保長太郎にすっかりなつかれてしまった。
「おかえりなさいませ、店長様」店に戻ったらバカが三つ指をついて出迎えた。珍保長太郎の顔が凍りついた。一週間くらい前から、バカが客の立場を越えて、勝手に店の手伝いをするようになっていた。
「なつかれたくないやつに限って、なつかれてしまう」珍保長太郎は、ひとり言を言った。頭の中で考えていることがそのまま口から出てしまうのである。近代化が進む前の人類はこういう調子だったらしい。
「いやあ、なつかれたくなくても勝手になついてしまいますよ、店長。ここも掃除しておきますね。汚いなあ。開店してから一度も掃除してないんじゃないの? ほこりほこり。ごみごみ」バカは厨房に入る。なにやらごそごそとホウキやフキンで掃除を始めた。その姿を見ているとゴキブリにしか見えない。ちゃんと風呂に入っているし、別に不潔な若者ではないのだが、その全存在と動きがゴキブリっぽいのである。それとちょっと皮膚がヌルヌルしている。
「住居不法侵入であるッ!」珍保長太郎はバカがあまりつけあがらないうちに、追い出そうと思い、明白な事実を断言した。そうすれば、このゴキブリは出ているのではないか。
「まあ、いいではないですか。給料などはいらないから弟子入りさせてください。ラーメンなんかも店長作るの下手じゃないですか」
「なに!?」珍保長太郎は血相を変えた。
「そもそも、もうあまりラーメン屋やる気がないでしょう、店長? その態度が味に明白に現れていますよ」バカは非難の目つきで珍保長太郎を見つめた。
「うっ」珍保長太郎は真実をつかれて絶句した。
「ラーメンだって、今後は私が作るのを手伝いますよ。こう見えても東京の有名ラーメン店はほとんど食べ歩きましたからね。自分で言うものなんですが、作るのもうまいですよ。少なくとも店長の10倍はうまいです」自信満々に言うバカ。
「いちいち言うことが腹が立つ。どうしたら出て行くのか。このゴキブリ」睨みつける珍保長太郎。こういうごりおしでくる人間が苦手なようだ。
 バカは厨房の床に転がっている腐った野菜を集めて段ボールに入れた。捨てようとすると珍保長太郎がどなった。
「それはゴミではないッ!」
 店長の意外な叱咤に目を白黒とさせるバカ。「……だって、どれもこれも半分くらい腐ってるじゃないですか。このタマネギなんてウジが湧いてますよ!店長は老眼だから見えてないのかも知れませんがひどいもんですよ」
「腐っていても、洗ってきれいな部分だけつかえば、まったく問題はない!そもそも、肉などと違って野菜には腐るという概念はないのである!古くなって溶けたり、かびたりするだけである。ウジが湧くくらい熟成してはじめて野菜は、おいしくなるのである!」自信満々に気の狂った自説を展開する珍保長太郎。
「おいしくなるったって、そもそも、店長のラーメン、ひどくまずいじゃないですか。きっとその理論は間違ってると思うなあ。いや、でも、そんなことはどうでもいいんです。俺は店長の人間性にほれたんですから。行動とかは問題ではありません。今から地下鉄丸ノ内線にサリンをまきに行くぞ、と言われたらよろこんでまいて、死刑になります」うっとりした目で言うバカ。腐った目玉が脂でぬるぬるしている。
「麻原あつかいか……」珍保長太郎は機嫌が悪くなって、だまってしまった。だまってしまったことで、このバカの弟子入りが既成事実になってしまったのであるが、珍保長太郎はそこまで頭が回らなかった。そもそも、頭が良かったら、こんなまずいラーメン屋をやっているわけがない。
 ふてくされてスポーツ新聞を読む珍保長太郎のわきで、バカはラーメン珍長をピカピカに磨き上げていた。
 しかしながら、弟子ができて助かったことがひとつある。出前がやりやすくなったのである。
「店長、行ってらっしゃいませ」入り口でぎょうぎょうしく三つ指をついて珍保長太郎を見送るバカ。商店街の近所の人たちがなにごとかと見に来たので珍保長太郎はハラワタが煮え繰り返った。おそらくバカは自分の献身的な行為に酔っているのであろう。不愉快きわまりない。
「であっ!」ドスッ!と珍保長太郎はバカの顔面を足蹴にした。
「ギャッ!」バカは噴水のように鼻血を噴出しながら、ゴロンゴロンと転がって店の中に入った。ピシャッ!とドアを閉める。
「うう〜うう〜」ガラスの向こうでバカのうめき声が聞こえた。いい気味である。
 珍保長太郎はむっつりした顔で出前箱をぶら下げた業務用自転車にまたがった。おもしろそうに見ていた商店街の近所のおやじをひき殺そうと、猛ダッシュで走り出したが、寸前のところで逃げられてしまった。


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・ウンコラーメン

 ラーメン珍長。バカこと新実大介がまた来ていた。店長に襟足を掴まれ顔面から地面に叩きつけられたのに、こりもせずまた来るとは……。翌日、なにごともなかったように、暖簾をくぐってバカが入ってきたとき、珍保長太郎は自分の目を疑った。それからはさらに来る回数が増えた。毎日来るどころか昼と夜に二回來する。まったく理解ができない。薄気味悪い。珍保長太郎はバカが少し怖くなってきた。

 こういう尋常ではない神経の動きをする人間……。こういう異常者がウンコキラーなのではないだろうか?

「連日の真夏日でクソ暑いですけど、こういうときにラーメン珍長で食べるギタギタの背脂が3センチくらい層をなしてるラーメンほど、うまいものはないですな!かーっ!たまりませんな!」脂汗をだらだら流して食ってるバカ。不潔な長い髪が顔の脂にくっついている。珍保長太郎は人殺しを見るような目で、誰も聞いてないのにペラペラしゃべってるバカを警戒して見つめた。
「この脂!この脂!ガッツリ!ガッツリ!」ずるずるずる。麺をすするバカ。「うめぇうめぇ!」
「ブタのほうがよほど上品に見えるな」
 がらがらがらがら。そのとき、客が入ってきた。リーゼントの若い男が二人。前にも見たことがある。ヤンキーである。車体を低くした改造車に乗っている。いつの時代の話だ。さすが魔界都市、代田橋である。おそらく、現実世界とは時空の流れが違うのであろう。珍保長太郎はこの二匹に、暴走族1、暴走族2とそのままの名前をつけていた。
 暴走族1はなにかを注文しようと店長の視線を捉えた。だが、さきに珍保長太郎が口を開いた。
「ここはペットショップではない」へんなことを言い出す珍保長太郎。けっして上機嫌とは言えないようだ。
「はあ……」飛躍した会話に目を白黒とさせる暴走族1、2。やはりヤンキーなので知能は低いようだ。
「当店では猿にやるエサは置いていない」
 いきなり客に宣戦布告をする珍保長太郎。凄みのある表情を浮かべたつもりだったが、凄みというよりは異常だった。目の玉が扇風機のようにくるくると回っていた。
 催眠術をかけられそうになった暴走族1が我に返ってどなった。「なんだらこったらぺんてこッ!」気が違ったようにわめき散らしてるのでなにを言ってるかよくわからないが、文字にするとこんな感じだった。
「ウッキーッ!キキキキーッ!キキキキーッ!」こちらは暴走族2。1よりさらに知能が低いようだ。
「キッココ!キッココ!キキッココッキッココーッ!」猿山の猿にウンコを投げつけたくらいの騒ぎになった。
「ひょええ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」気の弱そうな声をあげたのがバカこと新実大介。クソオタクなので力が弱い。以前は店長を崇拝してるようなことを言っていたのだが、いざ、危機が訪れてみると逃げる気が満々である。問題がおこると真っ先に裏切るタイプだ。ラーメンドンブリを置いて、こっそりとカウンターの奥に隠れた。
「俺らはただラーメンを食いに来ただけなのに、この対応はなんだ!俺は傷ついたぞ!ああ、傷ついたとも!こう見えても俺の心は繊細なんだ!あやまれ、コラッ!タコッ!こりゃあ、誠意を見せてもらって俺の心の傷が癒されるまでは帰るわけにはいかないな!」と暴走族1。
「そうだそうだ。ちゅうーちゅうーたこかいな!」と暴走族2。猿なので言ってることがよくわからない。
「やばい。店長が殺される!この調子だと、おそらく10分以内に確実に殺されてしまうだろう……」がたがた震えてカウンターからのぞいているバカ。股間がちょっと勃起していた。
「いいから早くラーメンを出せ!ああん、お前、それが一生の仕事なんでしょ?いくら客が腹の立つことを言っても、へこへこして、たかだか数百円のために人間のプライドを捨てて、ラーメンを作る!それがお前のすべてだ!」
「そうだそうだ、すべてだ!」暴走族1と暴走族2であるが、暴走族1のほうが言語中枢が発達していて、暴走族2のほうは愚鈍なようだ。長い年月の間にこういう役割分担が出来たのであろう。ヤンキーはこういう猿の上下関係のようなものを『友情』と勘違いする傾向がある。
「お前ら、猿に食わせるラーメンはウンコラーメンでじゅうぶんであるッ!」絶叫する珍保長太郎。命の危機に瀕したオペラ歌手のようにろうろうとした大声が響き渡った。
「ウンコラーメン!?」思わぬ語彙にない言葉を聞かされてとまどう暴走族1、2。もっともな話である。私も聞いたことはありません。
「ウンコラーメン!」バカも興奮して真新しい言葉を口にした。それは甘美な味がした。香水の香りの中には、大便の香りと同じ成分のものが含まれているそうだが、それみたいなものだろう。
「バカが食べ残したラーメンの少し入ったラーメンドンブリ!」ドン!と珍保長太郎はそれを暴走族の前のカウンターに置く。
 ぴょーん!
 それから猿のように身軽にカウンターの上に飛び乗った。
 ぺろん!
 薄汚れたズボンを降ろして臀部を出した!
「うわあっ、汚い尻だ!」暴走族1暴走族2が、率直な意見を述べた。バカも同じ意見だった。
 ブリッ!ブリブリブリブリ!
 なんと、その肛門から太い大便が出て来た!
「太くて長い!太くて長い!」あまりの状況の異常さと大便の臭さにうろたえる暴走族1、2。
「サツマイモのように太いウンコだ!」バカもわけわからなくなって大声を出す。お祭りに興奮する下町の人間のようである。
「ウンコ!太いウンコ!」自ら言わなくても良いこと叫びながら、珍保長太郎はドンブリの中にウンコをした。
 ゴロン!
 もちろん、そんな音は聞こえるわけはないのだが、『ゴロン』としか言いようがない風情の重量感のある大便が肛門を離れドンブリの中に横たわった。
「クジラだ……」バカが意外なことを言い出す。「知床のホエールウォッチングで見たゴンドウクジラのように雄大だ!」バカは言ってから、あっ、自分、今けっこう良いこと言ったな、と思ったが、もちろん、このようなバカの発言をまともに聞くような人間は地球にはいないので、誰も聞いていなかった。
「おいこら、ラーメン屋!だからなんだ!太いウンコしたからって、えばんじゃねえ!」とまどいながらも相手をする暴走族1暴走族2。ちょっと相手の行動が読めなくなって来たので、内心はおびえていた。
「男ならだまってウンコラーメンを食え!」論理性もなにもないことを言い出す珍保長太郎。インドの神々の中にこういう凶暴なやつがいたような気がする。
 グイッ!
 むりやり、暴走族1にウンコラーメンを突きつける珍保長太郎。食わせようとしているようだ。もちろん、食うわけがない。変態ではないからだ。必死に歯を食いしばって食うまいとしてる暴走族1の口元に、珍保長太郎は何度も激しくウンコラーメンを叩きつけた!
 ガキッ!
 とうとう暴走族1の前歯が折れた。どうやら人間の歯よりラーメンドンブリのほうが硬いようだ。
「ぐあががががっ」転がって苦しむ暴走族1。痛いだけではなくウンコが臭い。
「こんだらこっぺかーっ!アニキにあにすんだ!」言語中枢の劣ってるほうの暴走族2が店主にとびかかった。おそらく、暴走族1のほうが言語担当、暴走族2のほうが肉体担当なのであろう。
「ああっ、とうとう店長が殺される!おそらく、手足を引っこ抜かれて生きたまま内臓をひきずりだされて、泣きながら慈悲をこうて謝ってるのにむざんに殺されるに違いない!恐ろしい!」バカが期待に胸をときめかせる。チンポコの先が先走り汁で濡れていた。
 暴走族2はラーメン屋店主を捕まえようとゴリラのようなうでをのばした。相手はウドの大木のようなただのラーメン屋の店主。目標としては、逃げられる心配はない。まずは捕まえて、動けなくなるまで殴りつけてやろう、と暴走族2は頭の中ですばやく計画を立てた。こういう行動は、手慣れたものだったのである。場数はふんでいる。ほんきで素手で殴り合った体験もないような一般人に負けるわけがない……と、暴走族2はたかをくくっていたのだが。
 その伸ばしたうでを珍保長太郎は、さっと捕まえて素早くねじりあげた。バカの目からは、あまり力を入れてるようには見えなかったのだが、暴走族2のヒジの関節があっさりはずれたようだ。軟骨がねじ切れる嫌な音がした。
「意外なほど力が強い!」驚嘆するバカ。もちろん、暴走族2も驚いていたが、こちらがヒジが変な方向に曲がってブランブランしているので、激痛であまり驚嘆してるひまはなかった。
「うんだらこら〜」前歯が折れて顔がウンコだらけになっている暴走族1も、珍保長太郎にとびかかった。こちらはゴリラのような暴走族2より体格が劣り体重が軽い。あっさりと珍保長太郎にねじ伏せられた。なぜか、服をめくって暴走族1の背中をむきだしにする珍保長太郎。別に暴走族1の肌に唇をはわせて愛撫を始める気ではないようだ。そのかわり、靴の固いかかとで何度も背骨を狙って踏みつけた。
 ガスッ!ガスッ!ガスッ!ガスッ!
「て、店長!たかがラーメン屋での客とのケンカなのに、確実に背骨をへし折って一生、歩けない身体にしようとしている!」興奮して叫ぶバカ。見ているほうがおそろしく感じられて来た。バカはアングラ好きのネットオタクなので、グロサイトや死体画像も大好きなのだが、それでも店長の行動は常軌を逸していてまともには見えなかった。
「不具者にしてやる!不具者にしてやる!」テレビで放送できないような言葉を叫びながら蹴り続ける珍保長太郎。
 暴走族1はあまりのラーメン屋店主の狂乱ぶりに完全に心が折れた。痛みに苦しみながら有効な抵抗もできず、ただただ「背骨だけは折らないでください……」と泣きながら懇願するだけだった。
「背骨を折ってやるッ!集中治療室に送ってやるッ!一生、車椅子で生活するような身体にしてやるッ!」
 ぶくぶくぶくぶくッ!
 狂犬病のように口の端から泡を吹いて、絶叫するラーメン屋店主。楽しそうに、げらげら笑っている。ちょっと怖い。
「あわあわ」暴走族2は巨大暴力がとつぜん発現した修羅場にがくぜんとしていた。こちらは知能が低いので、思わぬ反撃にあってどうしたらいいかわからない。
「ライオンがウサギを襲ったら、そのウサギが世界一凶暴な殺人ウサギで、逆に食われそうになって、うろたえてるようなものか!」バカはむしろ、暴走族1暴走族2が気の毒になって来た。
「俺の出刃包丁が血を求めて泣いている!」絶好調な珍保長太郎はカウンターの奥に手を伸ばして出刃包丁を掴む。クルリと能役者のように回転して見得を切った。
「もうこれ以上何もしないでください!おれはもう半分くらい死んでいます!ええーん、ええーん!」号泣する暴走族1。珍保長太郎は冷たく暴走族1を無視して、出刃包丁を構えて暴走族2の目を真摯に見つめた。今から愛を告白するように……。
「もうすぐ俺の出刃包丁は血まみれになる!その血はお前の血が良いか?この肉人形のようになって転がっている男の血が良いか?」と暴走族2に究極の選択を求める閻魔大王のような珍保長太郎。
「あわわわっ。倒れてる男のほうにしてください!」一瞬もためらわず、ついさっきまで『アニキ』と呼んで崇拝していた男の命を売る暴走族2。これを見てもヤンキーの思ってる『友情のようなもの』が、じつは友情でもなんでもなく、単に猿山の力の順番争いの余録物にすぎないことがわかるであろう。
「なにを言うんだ!俺を助けるか、警察に電話しろ!」いつもは警察を敵に回し迷惑をかけているくせに、困ってる時だけ泣きつく暴走族の1。
「友人の許可が出たので、まずは背中を切り開く!」魚を三枚におろすように背骨にそって皮と肉を切り開く珍保長太郎。仕事で長年やってるだけに、包丁さばきはたくみなようだ。
ずがががががががががががががががががががががががががっ!
「ギャアアアアアアアアッ!」暴走族1の背骨がむき出しになった。
「肉がはがされ背骨が完全にむき出しになったッ!」見ればわかることをそのまま暴走族1に伝える珍保長太郎。親切な人なのかもしれない。
「痛い!ものすごく痛いッ!」当たり前のこと言う暴走族1。暴走族1は目の玉がひっくり返り、白目をむいていた。痛みのあまり、このまま死ぬということもじゅうぶんありえる。
「脊髄、取り出し!」珍保長太郎はあまり人類が発したことのない言葉を絶叫した。
「まだ、やるのかーっ!」恐れおののく暴走族1。
 グリュ! 珍保長太郎は暴走族1のむき出しになってる背骨の列の中から、一個の骨を選んで掴んだ。
 バキッ! 手首をひねり、脊髄をへし折る。暴走族1の目玉が飛び出そうになったので、かなり痛かったことは間違いがない。
 ズッポン! イワシの塩焼きから小骨を取るように脊髄を一個抜いてから、すばやく、上と下の脊髄を繋げて隙間を戻した!だからと言って、元通りにはならないと思うのだが……。
「お前の背骨!」わざわざ、本人に見せる珍保長太郎。自分の背骨のひとつを目の前で見たことがある人間は世界で暴走族1ただひとりではなかろうか。反応がないの珍保長太郎は同じ台詞を繰り返した。「お前の背骨!」
「見せるなーっ!」答えを求められてるように感じたので暴走族1は、残りの力をふりしぼってつきあってやった。
「お前の友人の背骨!」続いて暴走族2にも見せた。
「もうじゅうぶんですっ!」暴走族2は失禁して泣いていた。
「次は脊髄、一個ではすまないからな……」 なぜか、威風堂々と宣言をする珍保長太郎。満足したようだ。今日はインドの怒り狂った神々のようにあらくれてしまった。
 ラーメン屋店長の許しが出たのように感じたので、暴走族1、2はお互いの身体をかばいながら店を出て行った。近くの路上に違法駐車してる改造車にたどり着ければ、命はなんとか助かるかもしれない。代田橋商店街の道路に点々と血のあとが残った。散った花びらのようだ。
「まるで早朝の歌舞伎町のような、のどかな光景だ」なぜか懐古的な顔でつぶやく珍保長太郎。さわやかな表情をしている。
「す、すごいっすね!店長!俺、かんぜんに店長にホレました!」隠れていたカウンターから出てきたバカが、発情した猿のように店長を見つめた。「弟子にしてくださいッ!」このままでは、今にも、ズボンを脱いで肛門を突き出すか、店長のズボンのチャックを開けてフェラチオを始めそうである。ほんとうに気持ちが悪い。
「お前の脊髄の数が正常なうちに俺の前から立ち去れ。さもなくば、もうすぐお前の脊髄は数が減ることだろう……」ノストラダムスの大予言のように珍保長太郎は断言した。



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頭からやり直し。

『ウンコキラー』

・ウンコ殺人事件

 あなおそろしや。あなおそろしや。ここは呪われた街、代田橋である。呪われてるだけあって、ろくなことが起きない。
「ああ、漏れる漏れる……。おしっこが漏れてしまう……」と身もふたもないことをつぶやきながら小走りに歩いているのは、豊満な女子大生である。北林まどか、20歳。歩くたびに爆乳がブルンブルンと揺れる。
「これはいけない。このままでは、口からおしっこが吹き出てきて死んでしまうわ……」青い顔で北林まどかは考えた。こんなことになるなら、代田橋の汚い駅のトイレで用を足せばよかった。でも、なんとなく家のトイレで間に合うような気がして、駅の改札を出てしまったのだ。
 今日はバイトの帰りだった。深夜11時過ぎ。呪われた街、代田橋と言われるだけあって、こんな遅い時間帯になると通りにひとけはない。
 夜道を急ぐ巨乳女子大生の前に青いタイルの古い巨大なマンションが現れた。ステーションヒルズ代田橋。陰気なビルである。近所では幽霊マンションと呼ばれている。かつては、どうどうとした高級分譲マンションだった。ところが60年近い月日が経つうちに、テナントも住民もほとんど出て行っていなくなった。残っている住人は棺桶に片足が入ってる老人ばかり。こうなると管理費の名目で積み立てられるマンションの修繕費が集まらない。高すぎて払えないのだ。
 かくして大型マンションの老朽化は進む。一階と地階はマンションや近所の住人に便利な商店街になる筈だったが、こんな状況なのでテナントがどんどん出て行き、今では一階にコンビニと激安八百屋があるだけ。地階は倉庫に使ってる会社がいくつかあるが、あとはぜんぶ空きテナントになっている。
 たまに不動産屋から購入希望者が見に来ても、価格のわりに薄汚い外観を見てがっかりし、さらに割高な管理費と積み立て修繕費を知ってあきらめて帰ってしまう。おかげで今ではすっかり不気味な要塞のような建物になってしまった。このビルについてのネットの書き込みを見ても『出る』とか『怖い』とか、そういう話ばかりである。
 この地下のフロアに公衆トイレがあることを、北林まどかは思い出した。入るのはいやだったが他に選択肢はない。街頭でおもらしをするか、幽霊マンションでおしっこをするかである。北林まどかは幽霊にも親切心があって、失禁しそうな女性には悪事を働かないでいてくれる……、そんな幽霊の性善説を期待して、コンビニの横にある薄暗い階段を降りて行った。
  さいわいにもトイレは階段を降りてすぐのところにあった。夜中はドアに鍵がかかってるのではないか、とふと思いついたが、管理人がもう管理を放置してるのか、ドアノブを回すとふつうに開いた。
「ふう」大きな障害はクリア。北林まどかは一安心した。安心した途端に漏れそうになってきたので、パンツを下げてあわてて便座に座る。
 じょおおおおおお、じょぼじょぼじょぼ。
 大量の小便がナイヤガラの滝のように流れ出る。壮大な光景だ。
「危機は去った」北林まどかは勝利宣言をした。だが、それはすこし早すぎたようだ。
 ガチャ。
 個室のドアを開けて出ると、無言の男が立っていた。北林まどかの顔は硬直した。無言で小便を出している音を聞いていたらしい。目つきがおかしい。
 キチガイだわ。
「あのう、ここは女子トイレですけど……」北林まどかは、この男がキチガイはキチガイでも、あまり他人に害を与えない『よくいる町内の変人』みたい人であることを祈って、まともなことを言ってみた。
「ウンコ」男が意外なこと言い出す。手にサツマイモみたいものを握っているのが見えた。もっとよく見ると、それは石のように硬くなったウンコだった。「石のように硬いよ」
 これはやばい。『町内の害のない変人』というレベルではないように思われる。
 ドン!
 そんなに力が強いタイプには見えなかったので、北林まどかは男を突き飛ばして逃げようとした。
 ガシッ!
 ところがあっさり男に捕まりねじ伏せられてしまった。男は巨乳女子大生の口を塞いで、今出てきたトイレの個室に引きづりこんだ。
「見た目より力が強いッ!」男のウンコ臭い手で口を塞がれながら、北林まどかは叫んだ。これが彼女の最後の言葉になった。

・ラーメン珍長

「ウンコキラーか」珍保長太郎は、ラーメン珍長のカウンターの中でつぶやいた。もごもごして滑舌が悪い。2m近い大男である。巨乳女子大生がウンコを持った精神異常者に襲われたマンションは、駅を挟んで反対側にある。珍保長太郎はそこの一階にある八百屋をよく利用していた。極端に安いのである。安いがもちろん質が良くない。おそらく、どこかで捨てられそうになっている『訳あり』の野菜をかき集めて売っているのではないか? または、もっとストレートに市場で捨てられてるゴミを拾ってきているのかもしれない。
 こりゃあ安いわい、と買ってきても、ニンジンなんかは根っこの先が腐っていたりする。だが、それを食うのは客なので珍保長太郎は、まったく気にしていなかった。
「代田橋殺人事件ですか、店長?」
 珍保長太郎は客に声をかけられて新聞から顔を上げた。不愉快な気分である。黙って睨みつけた。だが、客はまったく気にしなかった。
「実は口の中にウンコを詰め込まれて死んでいたらしいですよ。これは一般のニュースでは報道されていませんが。俺は情報通なのでヤバネタや裏情報はなんでも知っているんですよ、店長!」と、偉そうな顔で言ってるのは、常連客のバカ。もちろん、バカという名前の人間がこの世に存在しているわけがない。珍保長太郎が勝手につけたあだ名である。確か本名は新実大介と言った。何回目か来た時に誰も尋ねていないのに勝手に自己紹介を始めたのである。本当にウザい人間のクズだった。
「ウンコか……。ウンが悪かったってやつだな。ぎゃはっはっはっはっ」珍保長太郎は理性のかけらも感じられないような、思い切りくだらないギャグをとばせば、このバカも嫌になって帰るのではないかと期待して言った。
 一瞬、バカは無言になって店長を見つめた。それから、おおっ神よ!なんということだろう。破顔して爆笑してしまったのである。「ぶははははッ!さすが店長、ギャグセンスがいいですねッ!ハラワタがよじれるとはこのことですッ!」木のカウンターをドンドンと叩くバカ。
 しまった、このバカの頭のレベルにちょうどぴったりだったようだ。珍保長太郎は歯ぎしりをして悔しんだ。このバカは『ラーメン屋で店長と親しく会話をする常連客』になったつもりでいるのだろう。おそらく、どんなつまらないことを言っても、すべて爆笑する心構えでいるのではないか。

 心の底からこのバカが嫌いだッ!

 珍保長太郎は怒りに燃えて、髪の長い若い男を睨みつけた。だがバカはそんな店長のアピールに少しも気づかない。だから、バカと呼ばれているのであろう。
「それにしても、この近所に完全に気の狂った殺人鬼が野放しでいるなんで、興奮しますよね。これまで数人が殺され、さらに未解決事件のいくつかもこの犯人の仕業の可能性があると言われています。でも、きっともっと増えますよ。断言します。殺人は癖になるんです。猟奇犯罪研究家の俺が言うんだから間違いありません」力説するバカ。この『猟奇犯罪研究家』の内訳は、『マーダーケースブック』の全巻セットをヤフオクで買って読んだ、というだけのことらしい。これで研究家を名乗れるのなら、世の中、研究家だらけになって歩くこともできなくなるだろう。
「次はお前がウンコを食わされて死ねばいいのに」バカの目を見ながら珍保長太郎は率直な気持ちを伝えた。さすがにちょっと嫌な顔になるバカこと新実大介。

 よし、もう一押しだ、もう一押し嫌な気分にさせれば、このバカは二度と店に来なくなる……。がんばるぞ!

 珍保長太郎は、はやる気持ちを抑えて、バカが席を立って出て行くのを期待した。なるべく冷酷な顔をしていようと思ったが、珍保長太郎は単純なところがあるので期待が顔に出てしまいちょっと笑顔になってしまった。
 それを見てバカは『店長は俺を嫌いなのではなく、どのすぎたブラックジョークとして言ってるらしい』と、勝手に自分に都合をよく解釈した。このへんは本当にバカである。おろらく、軽度の知的障害があるのではないか?
「いや、連続殺人鬼というものはですね、秩序型と非秩序型という二通りにわかれるのですが、この犯人の場合、毎回、ウンコを食わせていますから秩序型なんですよ。だから、次回も殺されるのは女性になると思います。ほぼ、まちがいはありません」誰も聞いていないのにもかかわらず、一方的に講釈を垂れるバカ。薄気味悪いオタクに共通した特徴である。
「まあ俺はあきらかに非秩序型だな。この厨房の散らかり具合をみればよくわかる」
「まったく、その通りですよね、店長。ほんとうに人とか5、6人は殺していそうなふんいきがありますよね。ほんとうは殺ってるでしょ?ぎゃはははっ、げらげらげら」一人で爆笑するバカ。
「ほんとうに心の底からおもしろくもない」
 いらいらしてきたので、珍保長太郎はふつうに返した。バカは食うのが遅い。そのために、かんぜんに伸びきっているラーメンをまだ食っていた。珍保長太郎は、バカに食うのを中断させ襟首をつかまえ店の外にほおり投げようと決めた。手を伸ばして襟首を掴む。何事かと思ってバカが顔を上げた。
 グイッ!
 珍保長太郎はバカを手に持ったラーメンドンブリごと持ち上げた。
「うわっ」驚くバカ。
 それから、足で店の扉を開けて、全力で顔面からバカを代田橋駅前商店街のアスファルトの路上に叩きつけた。カランカラン。手にしていたラーメンドンブリが転がって走っていった。
「痛いッ痛いッ!」口から血を流して苦しむバカ。まな板の上のウナギのように、のたうちまわっている。前歯が何本か折れたようだ。商店街の通行人が何事かと思って周りに集まってきた。珍保長太郎はカーッと喉から痰を出して、ペッ!とバカの血だらけの顔面に吐きかけた。
「気分爽快であるッ!」と、珍保長太郎はさわやかに宣言して店の中に戻って扉を閉めた。
 
・熱愛恋人

 京王線の代田橋駅の北口を出て、左に曲がると大原稲荷神社がある。陰気で猥雑な感じの神社だ。神社というとありがたいものであるが、この神社はまったくありがたみを感じない。いかがわしいと言っても良いような雰囲気だ。なぜそうなのかはわからないが、そうなのだから仕方がない。ちょっと新宿の花園神社に似ている。こっちはまったくひとけはないのだが。
 そんなわけでここは熱愛した恋人たちの青姦のメッカである。深夜の2時。広い大原稲荷神社の境内の片隅に、ふたつのひとかげがあった。不倫中の中年カップルである。
「ああ、ユリ。愛しているよ」押川秀夫はそう言って、暗闇の中で女の身体をなでまわした。もちろん特に愛してるわけではないのだが、サービス精神が旺盛だったので、そういうことにしていた。
 ゆったりしたワンピースの胸をもまれて悶えるのが谷口ユリ。胸が大きすぎるのでぴったりした服は着れないとか。もちろん腹の肉もずいぶんと豊かだ。
「ユリのおっぱい、大きいね。はあはあ。とても柔らかいよ」鼻息の荒い押川。今日は二人で夕方から酒を飲んでいた。おかげですっかりベロンベロンである。ユリは女友達との飲み会に行く言って出てきていた。終電までには帰ろうと思っていたが、泥酔して押川に押し切られて終電を逃してしまった。
「そろそろ帰らなきゃ……タクシーで」ユリは興ざめのするようなことを言った。
「でも、チンポがこんなに硬くなってしまってるよ……。これじゃあ射精するまでは収まらないよ……。はあはあ」押川はユリの手を掴んで硬くなった股間に押し付けた。
「ああ、すごい。大蛇のように大きくなっている……」まんざらではないようすのユリ。押川はあたりのひとけをうかがいながら、思い切ってチンポコを出してユリの中に入れた。
「ああん、ああん」声を押し殺してあえぐユリ。そのうしろで押川は猿のように一生懸命に尻を振っていた。
「うう……、出る出る」青姦に興奮していたので、入れて30秒もしないうちにイキそうになってきた。
「ええ、もうなの?」愕然とするユリ。
「もう止まりません」ゴムをつけてなかったので、押川はいそいでチンポコを抜いた。さあ、外に射精するぞと身体が緊張したその刹那!
 シュッ!
 押川は股間になにか冷気のようなものを感じた。次の瞬間、それは火山が爆発したように熱くなった。ふと横を見ると大きなナイフを手にした男が立っていることに気がついた。暗い中でなぜ見えたかというと、反対の手に懐中電灯を持っていて、ナイフを照らしていたのである。続いて男は懐中電灯を押川の足元にむけた。
「チンポコが切れて落ちているッ!」押川は目で見たままのことを叫んでしまった。それほど、驚いたということである。また皮肉なことに発射寸前だったために、根元しか残っていない股間に射精感が湧き上がってきた。
 ドピューッ!ドピューッ!
「何が出るかと思ったら血が出てきたーッ!」しかしながらありがたいことに半分くらいは精液だった。だが、押川はあまり気持ち良さそうには見えなかった。「痛いッ!痛いッ!チンポコから精液のように血が出てるぞッ!血と精液がまざってピンク色だーッ!」
「ひいッ!」なにごとかとユリが振り返った。いつの間にか知らない男が横にいて、大きなナイフで押川の首を切り裂いていた。
「熱い!首筋がなにかで濡れている!」押川は自分の首に手を当てた。大量の血が溢れ出ていた。泥酔のために血圧が高くなっていたのだろう。噴水のように血が吹き出た。耳がキーンとするな、と押川は思った。血圧の関係で耳鳴りがしてるのだろうか。押川は意識を失い、くずれおちた。
 
・ウンコ・フェラチオ

「ひ……ひいい……」死んだ押川を見てユリは悲鳴をあげた。
「ウンコ・フェラチオ!」いやなことを言って男がにじり寄ってきた。あまり力があるようには見えない。ユリは元モデルだったので背が高い。思い切って男を突き飛ばして逃げようとした。
 ドンッ! ところがあっさり捕まった。
「思ったより力が強いッ!」男はユリの手首をがっしりと掴んだ。それから大きなナイフを振り上げ、勢いをつけて全力で手首の上に叩きつけた。
 ゴロンッ!とユリの片手が地面に転がった。またしても親切に男は懐中電灯で、それを照らしてよく見えるようにしてくれた。案外、いいやつかもしれない。ユリは驚きのあまり、数秒間は無言で落ちてる自分の手首を見ていた。それから絶叫しはじめた。
「ぎゃあああああああああああああっ!ぎゃあああああああああああああっ!」キチガイのような叫びとはこのことである。もっともな話だ。
 じょぼぼぼぼぼぼ……。
 恥ずかしい音を立ててユリが失禁する。セックスの途中だったのでノーパンだ。夕方からビールを飲み続けていたので大量のオシッコが出た。恥ずかしいが、それどころの騒ぎではなかった。
 にょっきり!
 男はズボンのチャックを開けてチンポコを出した。ずいぶんと小さい。発達障害がある人かもしれない。あきらかに日常的にセックスをしていないとわかる、短くて恥垢にまみれた臭くて汚いチンポコである。男は、その不潔なものを女の口に近づけた。
「う……ぐ……。うぐぐぐぐっ!」
 この世のものとは思えない汚いものを口に入れられて吐きそうになるユリ。チンポコなのにまるでウンコのかたまりのように臭い!
 ウンコ……。そういえば、最近、この近辺で口の中にウンコを詰めて殺す連続殺人事件が起きている。この男がそれだわ、とユリは身をもって確信した。
 じゅっぽん!じゅっぽん!そんなユリにかまわず、男はのどの奥深く何度もチンポを押し込んでは、動かしていた。ふだんのユリならば抵抗も試みようが、なにしろ片手がチョン切れて転がっている状態では、身体に力が入らない。ほとんどなすがままの肉人形になっていた。
 はあはあ……。
 男の興奮した荒い息。気持ちが良くなってきたらしい。ずっとセックスをしていない男なら、フェラチオをされるととても気持ちが良くなるだろう。そのために大量の射精をしてしまい、脱力状態に陥るのではないか? 逃げ出すならその時だ!とユリは思って、自分からも舌を使ってちょっとサービスをしてみた。
「ううっ出る出る……」男の身体がぷるぷるとプリンのように震え始めた。もうすぐ絶頂にたっする印だ。ユリはどんな臭い液体が出てくるか!かくごして待った。ところがそれは液体ではなかったのである。
「でっ出るッ!」男はユリの口からチンポコを抜いて、なぜかいきなり後ろを向いて、お尻を出した。そして、ああ、神よ!男はおぞましいことに肛門をユリの口に押し付けた。
「ウンコが出たーーーーーーーーーーーーーーッ!」男は絶叫して排便した。ブリブリブリブリ!ブリブリブリブリ! 精液とは違う、それよりもっと嫌なものが大量にのどの奥に流れ込んで来た。しかも、そのウンコが、どこまでも出る!量が多いのである。便秘気味なのであろうか。まるで一週間も大腸の中にたまっていてカチンコチンに固まっているような硬いウンコがどこまでも入って来る。
 息が出来ない……。飲み込むしかなかった。『チンポが汚い』どころのレベルの話ではない。相手はウンコである。ほんとうに嫌だったが、ユリはゴクンゴクンをウンコを飲み続けた。次々と胃の中にウンコが送り込まれてくる。だが、人間はそんなに大量のウンコを飲み込むようには出来ていない。しかも、下痢便ならともかく……それもかなり嫌だが……カチコチの便秘大便である。コンクリートを飲み込むようなものだ。たちまち、ウンコが口と喉に詰まり始めた。
「ウグッ……ウグッ……」酸素を求めてユリの肺が空気を吸おうと痙攣して震える。だが入って来るのはウンコばかり……。ウンコを吸っても人類は呼吸が出来ない。
 
 硬いウンコ……。

 ユリはウンコの硬さのことを考えながら、あの世に旅立って行った。人類が遭遇しうる最悪の死に方の一つであろう。




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